Mr.サンデーで放送した、2つ目の事件。
ホテル日本閣連続殺人事件。
犯人は、小林カウ(読みでは「コウ」)。
戦後、初めて死刑が執行された女性の犯人。


1908年、コウは埼玉の貧しい農家の8人兄弟の1人に生まれた。
コウのことを聞かれた当時の担任教師は、他者に対して愛情を向けることがなく、人情味に欠けると言った。
そのうち、コウは結婚したが夫は病弱で物足りない男だった。
闇米を扱っていたコウは、ある日、調査にやってきた若い巡査・関口を座敷にあげた。

そして、関口と関係を持った。
17歳年下であった。
「今度、取締りがあるときは、教えて…」とコウは言った。

ある日、コウは体に良いからと夫にクスリを飲ませた。
夫はたちまち、喉を押さえ、のた打ち回って、死んだ。
だが死因は、脳出血と判断された。

コウは関口と暮らし始めた。
警察を辞めた関口のため、コウは必死に働いた。
だが2年後、関口は出て行ってしまった。

何でも買ってあげたのに。
だが関口は、「うんざりなんだよ」と言った。
尽くした自分をなぜ、捨てるのか。
恨みと未練がコウに渦巻いた。

コウは後に、関口への女心をしたためている。
何でも良いなり。
免許取れたから車買って。
関口がその車に女の子を乗せて遊んでいたのも知っていたが、それでもかわいくて、食事を作って待っていた。

コウは栃木県の塩原に移り、土産物屋を開いた。
当時の様子を知っている人が、コウの様子を教えてくれた。
奥でしたくして、色っぽい格好をしておいでおいでと誘う。

コウは金は持っているという、評判はあったらしい。
土産物屋の店のすぐ奥の部屋には、コタツがあった。
そこにコウはすぐに男をあげ、誘った。

コタツに入れて、コウは足を伸ばして誘う。
すると、その男の家に行く。
妻が後ろにいる男たちは、驚いてコウを返すのに金を握らせたと言う。

コウについてルポを書いた作家・吉田和正さんは、コウは関口で愛することに懲り懲りしたのだろうと語る。
のめりこむことに、懲り懲りした。
金に対する欲望が激しくなったのだろう、と。
信じられるのは、金だけ。

那須塩原で土産物屋を営む小林コウに、ホテル日本閣の主人・鎌助は妻と別れるから一緒になってくれと迫る。
東京にオリンピックが来る。
そのニュースを聞いた時のコウは、好景気が来ると目を輝かせた。
コウにとっても旅館の女将は念願のステイタスある地位だった。

しかし妻のウメは、50万程度の手切れ金では説得できなかった。
もっと金を積まなければダメだろう。
それを聞いたコウは、びた一文払いたくないと思った。
流れ者で、下働きをしている大貫と言う男がいた。

コウは「あんたに仕事を頼みたい」と酒を飲ませ、しなだれかかった。
着物のすそをあげて見せると、太ももに一万円札が数枚、はさんであった。
「こ・れ・で、日本閣の女将さん、片付けて…」と甘い声で囁く。
「え?」

「人間だとは思わずに、犬か猫をやるような気持ちになれば、できるから」。
「だいじょうぶ…」。
声は甘かった。
おぞましい言葉を言ったのに、コウは嫣然と微笑んでいた。

大貫は忠実に、コウの依頼を実行した。
絞め殺した後にコウは、「ご苦労さん」と声をかけた。
鎌助は「女房の死に顔だけは勘弁してくれ」と言った。
コウは死体の始末を大貫に命じ、「祝い酒、持ってきたけん」と笑って、湯飲みに酒を注いだ。

乾杯と、妻の死体を前にコウは大貫と酒を酌み交わす。
そしてコウは、後にコウの運命を決めた、妻・ウメのべっ甲の上等な櫛を見つけた。
「これ、もらってもいいわよね」。

「使わんものは使わんともったいない」と言って、コウは櫛をうれしそうに髪にさした。
「埋めてしまえば、完全犯罪だ」。
コウは笑った。

やり手の女将として、コウは売り上げを伸ばした。
だが名義の書き換えに行ったコウは、すでに日本閣は借金まみれで、抵当に入っていたことを知る。
コウは鎌助に「だましたのね」と詰め寄った。

新館増築に、コウは溜め込んだ300万を使っていたのだ。
許せなかった。
しかし鎌助はうるさいと怒り、コウに出て行けと叫んだ。
「早いとこ、あのオヤジを何とかしてしまわなければしようがない」とコウは考えるようになった。

「あの男さえいなくなれば、あんたがこの旅館の主人になれるかもしれないんだよ」。
コウは大貫に話しかける。
「俺が、旅館の主人に?」

「根無し草のあんたが、温泉旅館の主人だよ。大出世だよ」。
女の力で絞め殺すのは無理だ。あんたは止める振りをして、一緒に…」。
そして1960年12月31日。
晦日そばを作って、コウは座敷に運んだ。

座敷には鎌助と大貫がいた。
コウは鎌助の背後に回り、帯紐を手にする。
鎌助の首に回す。
「何やってんだ!」

大貫は止める振りをして、一緒に締め付ける。
だが鎌助も暴れる。
紐が切れた。

鎌助は「許さねえ」とコウに向かっていく。
大貫が鎌助を抑え、コウが包丁を手にする。
包丁を大貫に渡すと、大貫は包丁を振りかざした。

1961年。
元旦の朝。
訪問客に着物を着たコウは、微笑みながら、「おめでとうございます」と頭を下げた。

念願の日本閣を手に入れたと思ったコウだが、ここは俺のものだと大貫が言い出す。
「何が主人だよ、風来坊の癖に。頭に乗りやがって」。
コウは毒づくが、日本閣夫婦の失踪事件は人々の噂になっていた。

今度はコウは、大貫を片付けることを考え始めた。
裏の竹やぶを通っていく大貫に、迫る影。
2月20日、これからの好景気にほくそえむコウの元に、逮捕状を持った刑事がやってきた。
大貫が全面自供したと言う。

竹やぶで大貫に迫った影は、警察だった。
警察は日本閣経営者夫婦の失踪について、調査していたのだ。
取調室で大貫は、コウが自分を殺そうとしていたことを知り、自供した。
「署まで来てもらおう」。

手錠をかけられたコウはそれを見つめ、「しかたない」「うん」と言って、連行された。
コウ逮捕の決め手となってのは、あのウメの櫛だった。
ウメが肌身離さず身につけていた、母親の形見の櫛だった。

そして日本閣経営者夫婦の死体が、発見された。
増築しようとしていた、新館の廊下の床下だった。
玄関横の部屋、帳場は鎌助刺殺の犯行現場であり、血まみれだった。
床下の遺体と血まみれの部屋で、コウは未来の輝かしい夢を見ていたのだ。

「悪いことしたとは思ってるけど、泣いたってしかたないし。出る涙もない」。
「女だてらに男なら誰でもやってみたいと思うことを、やってみただけ」。
「捕まったのは、事業に失敗したのと同じことです」。

取調室で、そう、コウは語った。
そしてコウは前の夫を青酸カリで殺したことまで、自供した。
青酸カリは、関口が「亭主が邪魔だ」と聞くと「薬でも殺すことができるよ」と言って用意したと言う。
黙っていればわからないことを、なぜコウは自供したのだろう?

「刑事さん」。
取調室でもデスクの下で、コウは刑事の足に手を這わせ、しなを作って微笑んでいた。
だから今度もコウは微笑み、小首を傾げて、しなを作った。
「死刑だけは、堪忍してね」。

法廷にはひたすら尽くした、年下の男・関口がいた。
コウの供述で、共犯として逮捕されていたのだ。
「俺が渡したというのか」。

「胸に手を当てて、考えてみなさい」。
「俺を恨んでいるのか」。
「いえ。今でもあなたのことは、好きです」。

コウの上申書には、このように書いてあった。
「くやしまぎれに貯めたお金が、今度の事件を起こしたのです」。
「関口が私の面倒を一生面倒見れば、何事もなかったと思うと、関口がやったことを認めていただかなければ死んでも死にきれません」。
「商売を熱心にやれば、金には困らないものです」。

人を信用しては口車に乗ってしまい、くやしい、くやしいで終わった女ですから、少しは良いところを見ていただいて、ご勘弁をお願いします」。
判決の日、コウはいつものようにきちんと着物を身にまとい、化粧をして臨んだ。
しかし判決は、死刑であった。
瞬間、コウは両手で顔を覆った。

判決の翌年、東京オリンピックが開催された。
日本中がわきかえっていた。
その頃、コウは…。

独房を回ってきた女性看守が、ぼんやりしているコウに声をかけた。
「小林さん。もう、お化粧しないの?」
「ええ。もう必要ありませんから」。

「だってえ、ここには女しかいないじゃない」。
「ふふふ」。
コウは力なく、笑った。

1970年6月11日。
小菅刑務所。
僧侶が観音像を前に、読経している。
その後ろに、着物姿のコウがいた。

「目をつぶりなさい」と看守が言う。
目隠しがされた。
後手に手錠がされる。

読経の声が響く。
カーテンが開けられると、そこには輪になった縄が下がっている。
コウは連れて行かれ、首に縄がかかる。
「もう、2,3日待ってもらえませんか?」が、コウの最後の言葉だった。


自分がこんな境遇になったのは、男が悪い。
みんなが悪い。
「嫌われ松子の一生」の松子も、そんなこと言ってました。

確かに関口がコウのターニングポイントだったと思うけど、いずれはコウは何かやらかしたと思うんですよね…。
欲望が強すぎて。
それが商売に生かされて、普通はそれで満足するんですけど。
当時、女性は家庭、働くのは男性っていうのが常識の時代、コウはものすごい成功者だったと思うんです。

欲望の女というと、「欲望という名の電車」のブランチ。
私はコウもまた、欲望の女だったと思います。
ブランチも破滅しましたが、コウも破滅しました。
しかし、周囲にいたら、こんな迷惑で怖い女、いませんよね。

コウを美保純さんが演じました。
すごい、良い女優なんですね。
まさに「昭和の毒婦」そのもの。
色っぽく、怖ろしく。

美保さんの20代の頃を知ってますが、かわいらしい色気のある人だった。
おすぎとピーコが、美保さんのことを「バカで、バカで、こんなバカがよく○○(美保さんが女優になる前の職業のこと)に勤めてたと思うぐらい、バカ!でもあれは大物になっちゃうかもよ」って失礼な誉め方してました。
コケティッシュというのか。

あっけらかんと脱いで、明るくて、楽しくて。
私は美保さんは、頭の良い人だと思いました。
実際にこの芸能界、生き抜いちゃってますもんね。
頭が良くて、良い女優さんなんだと思います。


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2014.10.24 / Top↑
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