己の事ばかり考えれば己も滅びる 「七人の侍」

子供の頃、学生の時と見ましたが、今見るとこれはやっぱりすごいですね。
久々、本当に久々に、黒澤明監督の「七人の侍」を見ました。
マンガには手塚治虫、映画には黒澤明。
他にも、日本が今日、栄えているジャンルには奇跡のような天才がいるとは思いましたがこれはやっぱり、すごい。

今ならこういうドラマは作れるでしょうが、これを最初に作ったっていうのは、やっぱりすごい。
というか、これが原点なんでしょうね。
だって見覚えがあるシーンが出て来ますもん。

これが原点なんだって、わかります。
3時間半の映画は最初に見る前は「長い」と思いましたが、長いどころか少しも飽きることがなく、夢中になって見ていました。
今度も同じ。


島田勘兵衛・志村喬さん。
七郎次・加東大介さん。
岡本勝四郎・木村功さん。

片山五郎兵衛・稲葉義男さん。
林田平八・千秋実さん。
久蔵・宮口精二さん。
菊千代・三船敏郎さん。

これを見ると、この方たちが後に演じた役がまた、違って見えます。
この俳優さんたちにとっては、永遠の誇りでしょう。
俺は七人の侍を演じた、これはもう、宝石のように輝いて色あせなかったことでしょう。
私なんかが今さら語ることもない、名作ですが、見たらやっぱり語ります。


また生き残ったな。

すべてが終わった後、志村喬さん演じる侍・島田勘兵衛がつぶやく。
百姓たちが田植えをしながら、太鼓や笛を演奏し、踊っている。
去っていく3人の侍たちが、それを見ている。
7人の侍のうち、生き残ったのは島田勘兵衛、七郎次、岡本勝四郎の3人。

勘兵衛が去っていく。
七郎次が続いて、後を追う。
勘兵衛と七郎次が戦った、かつての戦は負け戦だった。
2人は離れ離れになり、勘兵衛は浪人として暮らした。

勘兵衛は若い武士で浪人希望の岡本勝四郎に、その暮らしのつらさを語り、考え直すように諭した。
「腕を磨く、そして戦に出て手柄を立てる。それから一国一城の主になる」。
「しかしな、そう考えているうちにいつの間にか、ほれ。このように髪が白くなる。そしてな、その時にはもう、親もなければ、身内もない」。

戦いの経験がなかった勝四郎。
今度のことで、彼は過酷な経験をした。
そして彼は結果的に、菊千代によって命が助かった。

七郎次は戦の後、勘兵衛と離ればなれになり、物売りとして暮らしていた。
平八は、明るい男だった。
つらい境遇であったが、人を思いやる心を失ってはいなかった。

久蔵は剣客で、己を磨くだけに生きているような凄腕の男だった。
しかし、心の底には優しさを持っていた。
村は野武士の襲撃に対抗するため、この7人の侍を雇った。

その村に、落ち武者狩りの武器があったのを見た時、菊千代は、はしゃいだ。
だが七郎次はじめ、侍たちは激怒した。
無口な久蔵が、この村の者を斬りたくなったと言った。

その時、菊千代は言った。
「百姓を何だと思ってるんだ?百姓ってのはな、米出せっちゃ『無え』、麦出せっちゃ『無え』。何もかも『無え』って言うんだ。ところがあるんだ。何だってあるんだ」。
「床板ひっぺがして、掘ってみな。そこになかったら、納屋のすみだ。出てくる、出てくる、瓶に入った米、塩、豆、酒」。

「正直づらして、ペコペコ頭下げては嘘をつく。戦でもありゃあ、竹槍作って落武者狩りだ」。
「百姓とはケチん坊でずるくて、泣き虫で意地悪で、間抜けで人殺しだ」。
「だがな、こんなケダモノ作りやがったのは一体誰だ?おめえ達だよ!侍だってんだよ!」

「戦のために村は焼く。田畑ふんずぶす。食い物は取り上げる。人夫はこき使う。女漁る。手むかいゃ、殺す」。
「一体百姓は、どうすりゃいいんだ?!」
「どうすりゃいいんだ!?」
「お前、本当は侍じゃないだろう」とからかわれた菊千代が、これを言う。

また、菊千代は親を失った赤ん坊を抱いて「こいつは俺だ」と泣いた。
俺もこうだったんだと言った。
七人の侍たちの、これまでの人生がうかがえる。

戦いが終わり、去っていく勘兵衛たちの前に、土で盛られた墓がある。
娘たちが、侍たちの前に歩いてくる。
もう娘たちは、侍を見ない。
挨拶もしない。

娘たちの中に、勝四郎と淡い思いを交し合った村娘・志乃がいた。
野武士に奪われた女性の二の舞を心配した父親は、志乃が侍たちに奪われることを危惧していた。
だから志乃の髪を切り、男性の格好をさせた。

勝四郎と志乃は見詰め合うが、志乃は目を伏せ、走っていく。
そして、田植えの列に戻る。
勝四郎は百姓たちを、いつまでも見ている。

だが志乃はもう、土だらけの手で汗を拭い、歌いながら田植えをしている。
元の生活に戻るのだ。
侍も、戦いもない、百姓の暮らしに。

勘兵衛は墓の前で、腕組みをしていた。
「今度もまた、負け戦だったな」。
「ほ?」
七郎次が聞き返す。

だって、自分たちは生き残った。
野武士たちは全滅した。
自分たちは、勝ったのではないか?
今度は勝ったのではないか。

だが勘兵衛は言う。
「勝ったのは、あの百姓たちだ」。
「わしたちではない」。

墓の一番上にある、4つの土盛り。
4人の侍・菊千代、平八、五郎兵衛、久蔵の墓だ。
墓には、刀が供えられている。

あの戦いの激しさ。
百姓の暮らし。
去っていく生き残った侍。
菊千代は戦いで誰よりもたくさん、野武士を斬った。

侍たちはみな、優しさを持っていた。
だがやはり、侍と百姓は違う。
侍たちは、平和な百姓の暮らしには必要がない。

勘兵衛の気持ちは、具体的に語られることはない。
だから、何を彼が思っていたのかは受け取り方による。
だが、彼の胸には勝利ではなく、敗北感が広がっているのがわかる。

流浪の身が今まで得たくて得られなかった何かを、得られるのではないか。
だが命がけで戦っても自分たち侍はもう、彼らには必要ない。
侍の自分たちが心から信頼され、ここが帰る場所になる、そんなことはありえない。

血を流して戦っても、何かを生み出す土地を得るわけでもない。
侍とは何なのか。
そんな思いが消えない。
だから勘兵衛には、今度も負け戦なのだ。

しかし、勘兵衛は言った。
「人を守ってこそ、自分も守れる」。
「己のことばかり考える奴は、己をも滅ぼす奴だ」。

百姓は、自分たちは稗や粟を食べ、侍たちに米を食べさせた。
侍たちは、その百姓たちへの義のために戦った。
なぜなら、侍だから。

そして…。
「ある山間の小さな村に、侍の墓が四つ並んでいる」。
「野心と功名に憑かれた狂気の時代に、まったく名利を顧みず、哀れな百姓たちのために戦った七人の侍」。

「彼らは無名のまま、風のように去った」。
「しかし彼らの優しい心と、勇ましい行為は今なお美しく語り伝えられている」。
「彼らこそ、侍だ」。

何も得られなくても命をかけて、戦って村を守った七人の侍。
彼らの伝説は、ずっとずっと語り継がれていたのだ。
「人を守ってこそ、自分も守れる」。
「己のことばかり考える奴は、己をも滅ぼす奴だ」。


時代劇専門チャンネルさん、放送ありがとう。
戦後70年企画にふさわしいとわかりました。
今、NHKでも、放送してほしいです。


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Author:ちゃーすけ
癖の強い俳優さんや悪役さん大好き。
俳優さん、ドラマ、映画、CMその他、懐かしいもの、気になるものについて、長々と語っております。

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