前に書いた通り、仲代達矢さんが自分の半生を振り返った著書「仲代達矢が語る日本映画黄金時代」を読んでいます。
この前、「時代劇はなぜ滅びるのか」の著者と同じ、春日太一さんが聞き手です。
時代的にそういう人は多いのかもしれませんが、仲代さんの幼少期も壮絶です。

やはり、この壮絶な人生は演技に反映すると思いました。
仲代の目が必要だ。
あの、狂気がほとばしる目が必要だ。
監督が必要と考えた目を作った、仲代さんの半生。

仲代さんは、昭和7年生まれ。
少し上の世代は、戦争に行ってしまったから男の人の数が少ない。
ちょっと上の世代の男優さんも、少ないんだそう。
だから年上で先輩の女優さんの相手役も、多かった。

昭和16年、太平洋戦争が始まるんですが、その年に仲代さんはバスの運転手をしていた父親を亡くしています。
すぐに社宅を追い出され、喘息持ちの母親と姉、仲代さん、幼い妹弟は路頭に迷います。
母親が洋裁店の下働き、姉が有名な布団屋に勤めることで何とか生計を立てましたが、すぐに行き詰ります。

そこで青山の弁護士事務所の下働き兼、住み込みの留守番の仕事を見つけて、一家は青山に移り住みます。
仲代さんも青山の小学校に転入するんですが、そこはいいとこのお屋敷のご子息ご令嬢が通っていたんですね。
青山に住んでいれば誰だって通う学校なんですが、学校の教師に「あなたたちが通う学校じゃないんですけど」なんて言われる。

この経験も元になっているのか。
仲代さんの、教師への不信感は強い。
戦後の食うや食わずの時、仲代さんは用務員のバイトをした。

お昼に仲代さんは、教師たちのためにたくさんのコロッケを買って来る。
教師たちが、それを分ける。
ガリガリの仲代さんが学校にも行けずにバイトをし、それでもちゃんと食えてないことは、教師たちにはもちろん、わかる。

でも誰も、誰一人、そのたくさんのコロッケのひとつもくれようとしない。
1個あげるよ、も、食べて良いよ、もない。
その教師たちは「人が平等に暮らせる社会を作る!」「人間はみんな平等!」「人はみな、同じ!」と演説する。

仲代さんは、思ったそうです。
何が共産主義だ!
何が平等だ!
信用しないぞ!と。

食べ物の話ですから、本能が働きますよね。
理屈じゃない。
これは嫌いになると思います。

さて、仲代さんが5年生の時、戦争が激化して、疎開となります。
しかしいいとこの坊ちゃんたちは、家からあんまり遠くに行けない。
親御さんが会えなくなりますから。

それで仙川が疎開先になるんですが、ここの隣に軍需工場があったんですね。
だから疎開しているのに、グラマン戦闘機が機銃掃射に来る。
逃げ惑ったそうです。
お墓の隅に隠れたり。

仲代さんも飢えて、子供たちみんな飢えて。
こういう時代を知っているから、仲代さんは現代の日本が不景気だ、食えないなんていうのが信じられないとおっしゃる。
ちょっとお高い焼肉店に行って、自分でもちょっと贅沢だなって思っていると、そこに家族連れが来る。

それで子供と一緒に、食べている。
寿司屋行くと、トロなんて食べている人がいる。
自分の知っている「食べていけない日本」は、こんなもんじゃなかった。
米一粒が手に入らない。

死ぬかもしれなかった。
時代の違いかもしれないけど、仲代さんの知っている「食っていけない日本」っていうのは、ほとんどの人がそんな状態だった。
仲代さんが見た人たちは、金持ちなのかもしれないけど、それでも日本人はそういうの食べられているじゃないかと思ってしまうんだそうです。

仲代さんは空襲があって、黒焦げの死体の中、学校に行ったこともある。
空襲の時、女の子の手を引っ張って、逃げたことがある。
必死に逃げて、逃げて。

何とか、逃げおおせたと思った。
そして、握っていた手を見た。
女の子は、腕だけしかなかった。
自分は腕だけを持って、逃げていたんだ。

相手はグラマン戦闘機やB29だけど、自分を殺しに来ていると思った。
こいつ、グラマンやB29を殺さなければ、自分は生き延びられない。
殺さなければ、自分は生き残ることができない。
そういう時代だった。

斬りあいや決闘などのシーンをやる時、こういう「生死紙一重」の経験が大きく影響していると思うそうです。
殺すんだ。
そうしなければ、自分は明日、朝を迎えられない。

ガキの頃に植えつけられた「今日も何とか生きられた」という思い。
でも「明日はどうなるか、わからない」。
「明日の夜も、生きていたい」と願う気持ち。

やっぱり、こういう経験は根底にあるんでしょうと仲代さん。
三船さんの戦争時の話も、すごいんですよ。
こういう経験をしている人が、サムライを演じる。
だから、その迫力といったらない。

では、そんな経験がない人の演技はダメか。
別の本ですが、平泉成さんが「いや、今の人も演技うまいですよ」とおっしゃってる。
逆に、平和で自由で豊かな時代に生まれた人じゃないとできない演技があるというようなお話をしています。

しかし、仲代さんは斬り合いや対決のシーンの時、この思いが甦る。
だから、迫力が出るわけなんですね。
その鬼気迫る目を、監督たちは欲しがったわけです。

ちょっと違う話になりますが、滝田栄さんが大河で徳川家康を演じる時。
滝田さんは家康の平和を願い、戦国の世を終わらせたかった気持ちと、容赦なく相手を滅ぼす行為の間で、演技に悩んだ。
だから家康の境遇に似たところに、自分を置いてみようと思った。

そしてわかった。
今の自分よりはるかに年少の子供が、これよりつらい境遇に置かれていたのだ。
子供がこんな境遇に置かれる時代は、終わらせなければ。
戦国の世を、終わらせなければ。

そのためには、時には鬼とならなければ守れないことがあろう。
やれないことがあろう。
平和を守るために、やらなくてはならない戦がある。

家康は、そう思ったに違いない。
滝田さんに家康の気持ちが、滝田さんなりにわかった。
つかめた。
自分の家康ができた。

やはり、経験が役を作るってことはあるんですね。
しかし狂気の目を持つと言われた仲代さんは、狂気どころかボーッとした性格とか。
そうところがまた、俳優さんのおもしろいところであります。


スポンサーサイト
2015.07.20 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://kotatuneco.blog59.fc2.com/tb.php/3098-f5766e9f