今やベテラン中のベテラン、名優・仲代達也さんは「七人の侍」にエキストラで出演。
百姓が侍をスカウトしに町に出た時に、彼らの目の前を通過する侍の一人だった。
その時、黒澤監督は仲代さんの歩き方にNGを出した。

刀の重みがないと言って。
何度も何度も。
撮影は朝の9時から、昼の3時までかかった。
三船さん以下、出演者もスタッフも、仲代さんができるのを待っている。

文句も聞こえてくる。
着物は初めて、時代劇は初めて。
ああ、俺は時代劇に向いてないと仲代さんは思った。

何で俺を、交替させないんだ。
エキストラなんて、他にもいるだろう。
できる人と替えれば良いのに。
そう思った。

しかしその後、「用心棒」の卯之助役が来た。
仲代さんは、この経験があるから断った。
「世界の黒澤監督に、ですよ。若いですよね」と仲代さんは言う。

仲代さんに断られた黒澤監督は「ホンがおもしろくないか?」と聞いた。
だから仲代さんは「七人の侍」の時の話をした。
すると監督は言った。
「覚えてるよ。だから君を使うんだ」。

…すごいですね。
厳しくも、育ててますね。
本人の為になってます。
以下、仲代さんの話です。

時代劇をやって、わかった。
役者は歩き方が大事だ。
時代劇には時代劇の歩き方がある。
侍の、ヤクザの、百姓の歩き方がある。

侍は、ぼんやり歩いていたら斬られるかもしれない。
だから侍は、ブラブラ歩いたりしない。
ブラブラしているけど、ブラブラ歩いてはいない。

でも今、テレビの時代劇を見ると、侍がブラブラ歩いていたりする。
こういうことを教える人がいなくなったんだなあ、と思う。
だから無名塾では、歩き方を教える。
役によって、歩き方を変えることを教える。

週の半分は、着物を着て過ごせと教える。
「椿三十郎」で、若手だった加山雄三さんや田中邦衛さんに、黒澤監督は着物を着て暮らすことを命じた。
するとみんな、所作ができるようになった。
こういうこと、できるかできないかわからないが、自分は教えておこう、残しておこうと思う。

そして、俳優は声だ。
昔はマイクの性能が悪かったから、声を出すのは俳優の基本だった。
声がちゃんと出ることは、俳優の素質だった。

でも今は、性能が良いから、ちゃんとセリフを拾ってくれる。
逆にできない人が多くなった。
そしてできなくても、現場の人は何も言わなくなった。
スタッフは、自分の担当の一本さえ失敗しなければ良いやというシステムになってしまった。

例えば自分で言うと、映画「切腹」では自分の一番低い声を使ってやっている。
29歳の自分が、孫もいる役。
唯一、戦国時代に生き、実戦を知っている役。

だからそういう声で演じないと、そうは見えない。
地声でやれば日常のリアリティはでるだろうけど、それは「扮する」「演じる」とは違う。
「虚」と「実」を混ぜるから、俳優がプロとして成り立つ。

「実」だけ、日常の、自分と同じ日常のリアリズムだけを見るなら、お客は金なんか払わないだろう。
自分の日常で良い。
自然体は演技の基本だけど、プロならそこからさらに作り上げなくてはいけない。

時代劇が、かつらをがぶって着物を着た現代人の「時代劇ごっこ」になってはいけない。
昔、時代劇は演技力がないとできない。
そう言っているのを聞きましたが、そういうことなんですね。

でも今はもう、そういう俳優がいない。
作らせる監督もいない。
すべてが、変わってしまったから、作れないことを俳優だけのせいにして、俳優を責めても仕方がないということだそうです。
あの「必殺」だってメチャクチャみたいだけど、仕業人の刀の見方とか、きちんとしてるところはすごいんですよね。

仲代さんは、こういうことを伝えるだけは、伝えておこうと思うと言います。
時代劇はどうなっていくのか。
若い人の手で続いていくとは思うけど、凝った作り方ができるのか。
それは難しいことではないか。

危惧している仲代さん。
その仲代さんの時代劇主演作「果し合い」が放送予定。
仲代さんの役の作り込みが見られる。
楽しみです。


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2015.09.30 / Top↑
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