石坂浩二さんといえば、広い芸能界でも1、2を争う知性の持ち主と思っています。
勝ち抜いていくほど賞金が重なるクイズ番組では、何とかして石坂さんが答えられない質問を考えて出していました。
最後のほうではもう、私なんか何の話してるんだかわかんない。
それでもって、何で石坂さんがそんなことまで知ってるんだか、私なんかには見当がつかない。

知性的な石坂さんは、勝ち逃げは許されないと知っていると思いました。
ちゃんと?最後は負けてあげて、相手の顔を立てているのではないか。
そんな風に思えました。

若い頃の石坂さんと言ったら、インテリジェンス溢れる美青年。
この頃の石坂さんを前にて、好きにならない女性っていないんじゃないかって思いますよ。
石坂さんと同世代で、石坂さんを自分に投影できた世代の人って幸せだなあって思ってしまう。

当時の大河ドラマの権威といったら、今よりも相当にすごかったはず。
それにあの年齢で主演した石坂さんは、若くして一流の地位を築いていたと思います。
絵を描けば一流だし、俳優としては一流だし。
きっと若い時には、良い人たちと触れ合っていたんだろうなと思います。


「暗闇仕留人」を見ると、石坂浩二さんの俳優としての良さを改めて感じます。
いやいや、糸井貢というキャラクターは、石坂さんにしかできませんね。
必殺には1話ごとに収束するエピソードと、もうひとつ、物語を通じて紡いでいく話があって、それをつなぐ糸となるキャラクターがいました。

「仕留人」はそのキャラクターが貢であり、貢の、そして貢による主水の変遷の物語でもあったと思います。
時に重くなるその物語を救うのが、大吉のあっけらかんとした個性と近藤さんの演技でした。
良いバランスでしたね。

以降、「仕留人」のネタバレが続きますので、未見の方は注意してくださいね。


6話、悪女のおちかが、夜道にいる貢を見て、顔を輝かせる。
貢とおちかが、互いに歩いてくる。
2人が出会った時、貢がおちかを抱きしめる。

おちかの顔がうっとりとして、貢を見つめる。
その時、鈍い音がして、おちかが目を見開く。
貢が思い切り、バチを上に跳ねさせる。

おちかを見ている貢の顔色が、みるみる変わっていくんです。
もうダメ。
悪女だろうと何だろうと、人を殺したことの罪悪感と重みに、貢は押しつぶされるような思いがしている。

1人、歩いていく貢は待っていた主水と大吉の前を素通りしていく。
「ちゃんと仕事を済ませてきた」思いの主水と大吉は顔を見合わせ、貢とは逆方向に歩いていく。
インテリの孤独を思います。

貢は家に戻ってきた。
外からあやを見て、笑顔を作ると「ただいま」と声をかける。
縫い物をしているあやに「酒が飲みたいな」と言うと、あやは「ちょっと買ってきます」と言う。
「いやいや、俺が行くよ」と、貢が立ち上がる。

貢は外に出るとうつむき、そして前を見て夜の中、歩き出す。
吹っ切ったように。
自分を立て直して。

あやの存在が、貢の救いなんです。
彼女の存在が、貢を日常に戻してくれる。
あやがいるから貢はこの仕事を正当化できて、罪悪感から逃れてやっていられる。

そう、許せない悪はいるけど、貢は怒りに燃えて悪を抹殺しようという気持ちでこの稼業に入ってきたわけじゃない。
もともと、あやを助けたくて、強盗しようとしたことがきっかけだった。
それでも人を助けたという思いはしていた。
だが3話で、助けたはずの女郎に「行ってよ!」と突き放され、助け切ったわけじゃないことを思い知って呆然とする。

もう、貢には切ないことばかり。
それでもあやがいる。
あやを守って生きていける。

9話、おきんに好きな男ができた。
おきんは足を洗い、普通の女として暮らしていきたいと願った。
大吉は、この稼業に首までどっぷりつかったおきんを、あっさり抜けさせるわけに行かないと言う。

主水はというと、おきんの気持ちもわかる。
大吉の言い分もわかる。
それで半次に、「いつでも横丁のご隠居のような物分りの言いことを言う」と責められる。

緊迫した空気の中、貢は何と、祝言に行くと言って家を出て来ていた。
この感覚!
さらにはそれを聞いた妻が花を持たせてくれたと言って、おきんに手渡す。
そして何の含むところなく、手放しで祝福する。

これには全員が、唖然。
責める大吉には「あんた、どうして認めないんだ?」 と聞く。
聞かれた大吉は、「俺たちは仮にも、殺しを商売にしているんじゃねえか」と言う。

しかし、貢は平然と聞き返す。
「だから?」
「だからって…」。
大吉、絶句。

「人並みの幸せつかもうなんて、ふざけちゃいけねえよ!」と大吉は言う。
すると、貢はこう言った。
「そりゃあんたの覚悟だろう?自分の覚悟を他人に押し付けるのは、どうかと思うね」。

ぎょっとする大吉。
貢には人と同じ幸せをつかんではいけないといった裏稼業の負い目、罪悪感はなかったらしい。
さらに「他人」と言い放たれたことに、大吉は引っかかる。
「他人?俺たちは仲間じゃなかったのか」。

すると貢、「そりゃ仲間さ」。
「しかしね大吉さん、どだい殺しなんてものは自慢できる稼業じゃないんだ。私は今に天罰が下ると思ってる」。
「だからこそ、私たちの仲間からまともな幸せをつかめる人が出てきたら、私は素晴らしいことだと思いたいんだ」。

それはそうだ。
だが、大吉にしたら、そんなことが許されると考えているところが、もう、根本から違っている。
こんなことが許されるのか、というところから始まっているのに、何で許されないの?と言う。
出発点からして違うのだから、どこまで行っても噛み合わない。

そしてさすがインテリだけあって、単純にものを考えて行動する大吉では、貢に言い返せる言葉がない。
おきんは貢の暖かい、普通の人としての言葉に耐え切れず、泣き出す。
だが、おきんを送り出してやりたかったのは、みんな同じなのだ。

できないから、つらいんだし、もめる。
貢も裏稼業の人間であることには、違いない。
そのつらさは思い知っているはずだった。

だけど、おきんを送り出す貢の口調には重みがない。
そこから開放してやれる、喜びしかない。
まるで、学校を卒業することを語るかのようだ。
裏稼業卒業、おめでとう。

同時に、一緒に獄門になるかもしれない仲間への愛着もない。
一体なぜなのか、大吉にはわからない。
貢の祝福は、この稼業への思い入れのなさから来ているように思える。
そして今に天罰が下る…、そう言いながら貢の裏稼業への認識は、誰よりも甘かったのだった。

しかし貢には1つだけ、聞かなければならないことがあった。
「おきんさん。1つだけ聞いておきたいことがある。その相手の男というのは、もちろんカタギなんだろうな」。
「ええ」と答えるおきん。
それがわかった貢は「そうか。所帯持ったら、一日も早く俺たちのことは忘れるんだ」と言う。

これ以上の言葉はなく、半次も主水も出て行くしかない。
だが彼らが人並みの幸せをつかむことが、どれほど難しいかは、すぐに証明される。
おきんが好きになった男は同業者、しかも子供も手にかける外道の親方を持つ殺し屋だった。

相手が子供も手にかける殺し屋だとわかった時、仲間の沈黙を前におきんは「みんな…、どうしようって言うのよ」と言う。
すると、一番祝福した貢が一言、「殺す」と言う。
「やっぱり、ダメだったか」と言ったような、大吉や主水との表情とも違う。
貢は、裏切られたような思いをしている。

「おきん、諦めろ。罪もねえ年寄りやガキ殺めるなんて、許されることじゃねえんだ。悪い夢だったな…」。
結局、おきんは自ら手を下すと言う。
だが、相手はプロの殺し屋。

逆に匕首を取り上げられてしまう。
反射的におきんに向かって振り上げた匕首を抑え、仕留めたのが貢。
怒りというより、貢は哀しい。

9話はおきんの哀しい恋を通して、貢という男が仕留人というより高野長英門下の秀才のままだということがわかってしまう。
この裏切りが痛かったのか。
10話からは貢は怒りに燃えて、仕留仕事に関わっていく。
もっとも、10話の刺青男とその一派は、被害者との関わりからも貢が怒りに燃えるのも無理はない外道だった。

こんな男に殺し屋は無理なのだと思われた貢は、こうして徐々に殺し屋として成長していく。
しばらくの間は、それでよかった。
だが貢の言った「天罰が下る」は、またしても最悪の形でやってきた。

他の殺し屋組織との抗争が勃発し、貢の妻あやは殺される。
妻の為に始めた裏稼業が、妻を死に追いやってしまった。
この17話で、貢はあやの死以降、口をきかない。
そして仕事というより、復讐で、怒りで相手を仕留める。

18話で、貢は友人と再会する。
自分も友人のように、異国に渡る夢を見ていた。
妻を犠牲にする友人に向かって、「そんなことをしていいのか」と貢は言う。

あれは、自分自身を責める言葉だった。
そしてあやのことを聞かれ、「最後は俺が殺したようなもんだ」と言う。
貢は、自分を責め続けているのだ。

その友人夫婦が犠牲になると、貢は仕留め仕事にかかる。
迫る貢に、許してくれと懇願する相手。
すると貢は、笑みを浮かべる。
助かった…と安堵する相手を貢は冷酷に仕留める。

この残酷さ。
貢を見たおきんが、「あたい、貢が怖い」とつぶやく。
それほどの凄みを貢は身につけた。
主水は、本当の仕留人になったと言う。

この後、貢は裏稼業のプロとして生きていくことに、人生を変えたように見えた。
貢は今度はその生真面目さから非情に、正確に殺し屋としての仕事をこなしていくようになる。
しかし、貢の本質はやはり、高野長英門下生の秀才のままだった。

最終回、それは最悪の形で明らかになる。
貢はあやを失って虚ろになった心を、仕留め仕事につぎ込むことで、かろうじて自分を支えていただけだった。
鉄や錠や、後の市松や印玄、己代松や正八と言った、「ロクな死に方しねえよ」と言いながらも裏稼業に居場所を得て生きていける人間ではなかった。

殺した男の子供の恨みの視線を前に「でっけえお釣りが来たもんだ」と、割り切った一言を言える男にはついになれなかった。
最後まで、貢は腕はプロだが、プロの殺し屋にはなっていなかったのだ。
「私を殺せば日本の夜明けは遅れるぞ!」の一言は、蘭学者の意識を捨て切れなかった貢に、暗殺者としてはありえない隙を作った。

殺し屋としての存在意義に踏み込むような疑問を持ってしまった貢はもう、殺し屋ではいられない。
蘭学者として日本を憂いていた男はこうして、斬られるべくして斬られる。
貢は最後、本当に死ぬしかなかったのだ。

義理の兄弟ということもあって、主水は貢と真の裏稼業の仲間になったと思っていた。
しかし貢の精神は、徐々に死んでいっていた。
主水も、大吉も、おきんもそれに気づかなかった。

そもそも既に、破滅の予兆は最初からあったのだった。
貢の死に様は主水や大吉に、自分たちの未来を見せた。
そして主水は思った。

貢という男は、裏稼業に引き入れていい男ではなかった。
さらに言えば、あの標的を貢にやらせるべきではなかった。
つまり貢は、自分たちが、いや、自分が殺してしまった。

貢の死は、主水を変えた。
もともと、主水は奉行所の正義に挫折した男。
だから自分のことを正義とは言わないが、獄門台にあげられてもしかたがない悪党だからこそ、悪党を殺せると信じてきた。

自分を悪党とわかっているが、外道ではない。
しかし貢は、その正義にさえ疑問を突きつけて去っていってしまった。
確かにそれは、この仕事を続けていけば、いずれはぶち当たる問題だった。
頭が並外れて良かった貢は、すぐにこの問題にぶち当たってしまった。

そして生真面目に、悩んでしまった。
鉄や市松なら、金を貰って悪人を殺すのであれば、そもそもそんなことで悩むべきではないと言うだろう。
自分たちはお金をもらって仕事として成立させた以上、外道に踏みにじられた人間の側に立つだけだと言うだろう。
「俺は外道にだけはなりたくねえよ」という、その一言だけで鉄ならやっていける。

主水をさらに空しくさせたのは死んでいく貢が、最期に自分たちに伝えた一言ではなかったか。
「すまなかった」。
息を吹き返した貢は、そう伝えた。

貢だって、わかっていたのだ。
主水たちの殺しの意義を。
居場所のない自分の、居場所がないように見えて唯一の居場所が、仕留人だったことを。
それを否定してしまった自分の罪を。

最愛の妻の名前でもなく、恨み言でもなく、貢の命が尽きる瞬間の一言は、主水たちを打ち砕いた。
こうして主水は、彼らは、仕留人を続ける意味をなくした。
大吉も1人、旅に、おきんも雪の舞う江戸を去っていく。

時代の系列から行けば「仕留人」世界は、「仕置屋」世界には繋がっていない。
だけど、「仕置屋稼業」の最初の主水の中には、貢の影があるように思える。
そして「仕留人」以後も、貢の言う「天罰」のように、「必殺」の殺し屋たちは最後に崩壊していく。

「必殺」シリーズにおいて、貢の存在は実は非常に重いものだった。
この重い存在に、石坂さんと言う俳優さんはピッタリだった。
石坂さんの存在は、その重さを見事に表現していると思います。


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2015.07.12 / Top↑
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