こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
2017年08月 ≪  123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫ 2017年10月
TOP映画・戦争もの ≫ 今日まで生きて来たのはこれを伝えるため 「永遠の0」

今日まで生きて来たのはこれを伝えるため 「永遠の0」

「永遠の0」。
昨夜、放送してましたね。
この映画、近くの公民館で上映がされて、その時は未見だった私は、めずらしいことだなあと思っていました。
見て理由がわかりましたが。

特攻。
祖母の葬儀。
海軍一の臆病者だったと言われた祖父について、聞き取りをしていく孫。
そして、その前に「自分が今日まで生きて来たのは、これを伝えるため」と言う人が現れる。

みんな良かったけど、田中泯さん、夏八木勲さんは良いなあ。
田中泯さんは、昔の俳優さんが持っていた迫力があります。
「ハゲタカ」も、「龍馬伝」も、この人が出ると引き締まった。

夏八木さんの良さは、言うまでもない。
「終戦のエンペラー」と言い、戦争に対しての兵士以外の演技を、キチンと残していきましたね。
すばらしい俳優さんです。
もう見られないなんて、本当に悲しい。

宮部少尉が大石予備兵を残したのは、前日、小川に足を浸しながら大石が言った「この戦争が終わって生きていたら、人のためになることをしたい」の言葉でしょうね。
教え子を送って来た自分は、誰かを残したかった。
だから故障する飛行機に、彼を乗せた。

三船敏郎さんも特攻隊で、青年たちを見送っていたそうです。
出撃が決まった子たちに、何とかかき集めた材料で、三船さんはすき焼きを作った。
三船さんがすき焼きを食べさせて飛び立った青年たちは、誰も帰って来ない。
酔ってその話をすると三船さんは「この気持ちがわかるか!」と言って泣いたそうです。

映画では宮部も相当、参ってました。
大石の機が故障して、「戻れ」と合図をした時の岡田さんの表情、良かった。
運良く、大石が戦争を生き残って、自分の家族が路頭に迷っていたら、力になってくれ。
それはもう、命かけてやりますよ。

終戦後、宮部少尉の妻は子供とバラックで生活をしている。
大石が見つけ、自分が生き残った経緯を話す。
宮部少尉の帰還が唯一の希望だった妻は、大石の援助も、訪問も拒否する。

しかし、大石の誠意を尽くした態度に心を開いて行く。
雪融けを象徴するかのような、満開の桜。
「自分は死んでも戻ってくる」の夫の言葉の意味。
井上真央さんも、良かった。

悲惨な戦い方である特攻隊攻撃ですが、アメリカもこれは相当怖かったらしい。
今のアメリカの兵器には、これを参考にしたものがあると聞きます。
硫黄島の兵士と神風特攻隊の捕虜の扱いは、他の捕虜と違ったようなので、アメリカさんも相当怖かったんでしょう。

最後は、大石を帰した後の宮部少尉。
撃って来るアメリカの船。
宮部を蔑んでいた景浦が恐怖した、宮部の飛行技術。
パニックを起こし、撃ちまくる艦。
被弾し、煙を吹く宮部の0。

彼の眼下に、敵船。
敵艦の甲板が見える。
彼が笑みを浮かべる。
「永遠の0」のタイトルに変わる。

この終わりが、良かった。
敵艦炎上で終わらなかったところに、この映画の意味があります。
「硫黄島からの手紙」同様、泣かせようとしていない作りが良かった。

あの「硫黄島からの手紙」には、二宮さんの空っぽの笑みがありました。
みんな死んで、悲惨凄惨を極めた殺し合いをした島に浮かぶ、夕陽の美しさ。
(夕陽と私は思いましたが、朝日でも良いと思います)。

大石が自然の全てが愛おしいと言いましたが、自然は人間の殺し合いには関係なく、存在する。
この無常さ。
それゆえの美しさ。
壮大さ。

これを目にした時に浮かぶ、空っぽな笑み。
イーストウッド監督は、すごいと思いました。
あそこで泣かさないで、笑わせたのがすごい。

この映画にも、最後、岡田さんの笑みがありました。
やっと、本来の仕事が遂行できる達成感。
本来の場所に行ける安心感。
教え子ばかりを送り出し、生きていく罪悪感からの解放。

いろんな感情が込められてました。
岡田さんは、本当に良かった。
正直、予想を越えてました。
本木雅弘さんは良い俳優になりましたが、岡田さんも良い俳優になると思いましたよ。




スポンサーサイト

Comment

記憶が途切れた時人間は無になる
編集
6年程前に、脚本家の須崎勝弥さんにお話を伺う機会がありました。
須崎さんも学徒出陣で海軍飛行予備学生となり、自身が飛ぶ可能性も含め特攻を見送り続けたそうです。
「全国でもトップクラスの優秀な学生たちが特攻に出て行った。頭脳明晰、人格もひとかどの連中ばかりで、平和な時代なら官僚や日本経済を牽引する企業人になったはずだった」
「自爆テロの狂信者と同一視されて語られるのは当時の現実を知るものとして、表現者として納得がいかない、彼らの名誉のためにもそれは違うと言い続ける」
「若い世代は、彼らのことを憶えていてほしい。彼らは 十把一絡げの特攻要員ではなく、個別具体的な人生を生き、希望と苦悩を抱きながら飛んで行った個人たちなのだと」
「その記憶が途絶えた時、自分も含め彼らはこのよに生きていたこと自体が無になってしまうから」

この「永遠の0」、時節柄不当に批判されがちですが、この人の記憶を紡ぐ意味を最高の技術と演技で描いたことがよかったと思っています。

戦後、須崎氏は生業として脚本家になり、戦争映画の名作を手掛ける一方、私たちの世代になじみ深い青春学園ドラマのエンタメも描き続けられ、今年1月に逝去されました。私は、氏の言葉を忘れません。
2015年08月01日(Sat) 11:03
kaoru1107さん
編集
>kaoru1107さん

>6年程前に、脚本家の須崎勝弥さんにお話を伺う機会がありました。
>須崎さんも学徒出陣で海軍飛行予備学生となり、自身が飛ぶ可能性も含め特攻を見送り続けたそうです。

岡本喜八監督の「英霊たちの応援歌」でも書いたのですが、ご自身が飛んだかもしれないという可能性を持った方はやはり、違ってしまいますよね。

>「全国でもトップクラスの優秀な学生たちが特攻に出て行った。頭脳明晰、人格もひとかどの連中ばかりで、平和な時代なら官僚や日本経済を牽引する企業人になったはずだった」

これは本当にそうだと思います。
みなさん、教養があって、人格もあって。

>「自爆テロの狂信者と同一視されて語られるのは当時の現実を知るものとして、表現者として納得がいかない、彼らの名誉のためにもそれは違うと言い続ける」
>「若い世代は、彼らのことを憶えていてほしい。彼らは 十把一絡げの特攻要員ではなく、個別具体的な人生を生き、希望と苦悩を抱きながら飛んで行った個人たちなのだと」

普通の青年なんですよね。
本当に普通の。
今、生きていたら、普通に暮らしている人たち。
彼ら自身も自分たちを普通だと思っていたはず。
「特攻隊」青年なんて、どこにもいなかったんだと。

>「その記憶が途絶えた時、自分も含め彼らはこのよに生きていたこと自体が無になってしまうから」

「硫黄島の手紙」に「諸君らの霊に涙し、黙祷を捧げる日が来るであろう」という言葉があるんですが、これを聞いた時、本当に申し訳ない…という気持ちがわいたことを思い出します。
自分たちとは違う人、縁がない人、という感覚でいることが、どれほど失礼なことか。
生きる時代が違っただけで、同じだと思いました。

>この「永遠の0」、時節柄不当に批判されがちですが、この人の記憶を紡ぐ意味を最高の技術と演技で描いたことがよかったと思っています。

作ってくれてよかったなあと思った映画でした。

>戦後、須崎氏は生業として脚本家になり、戦争映画の名作を手掛ける一方、私たちの世代になじみ深い青春学園ドラマのエンタメも描き続けられ、今年1月に逝去されました。私は、氏の言葉を忘れません。

こういう経験をされた方だからこそ、青春も描けたんでしょうね。
残念です…。
ああ、すばらしい方がいなくなってしまったんですね…。

良いお話、ありがとうございました。
2015年08月02日(Sun) 02:34












非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL