いかりや長介さんが落としの名人という、自白をさせるプロの警部補・水木正太郎を演じるシリーズ。
最後はほとんど、犯人役の俳優さんと2人芝居になる。
犯人と刑事、俳優同士が火花を散らす演技が見られるサスペンス。
このシリーズ、大好きでした。

佐賀県鳥栖市。
5月8日。
鳥栖駅で、1人の少女がぽつんと立っていた。
不審に思った石井ひろ子婦人警官が声をかけると、お母様を待っているんですと言う。

少女の名前は、小さい月にお線香の香に知る。
小月知香。
知香は石井婦人警官の制服がカッコいいと、言った。

母親を鳥栖駅で待っているところであり、母親は4時40分に来ると言う。
駅まで連れて来たのは、ハールさん。
4日前、佐賀に一緒に来た人だという。
ここに来るまでは、知香はハールさんのマンションにいた。

「あっ、お母様!」と知香が声をあげた。
「知香!」
1人の女性が、知香に駆け寄ってきた。

母親という女性は、とても美しい人だった。
知香を見て駆け寄り、手を引いて急いでホームに向かう。
石井警官に知香が手を振ると、振り向いた母親はお辞儀をした。

3ヵ月後の7月8日。
採石場を出たトラックの運転手は、道の脇に白い乗用車が止まっているのを見て、不審に思った。
この場所に乗用車が止まっているのは、とても違和感がある。

近寄ってみると、人はいなかった。
運転手は辺りを見回す。
下の原っぱに何かがある。

それは体を折りたたんだ人に見える。
「ひえっ!」
運転手は悲鳴を上げ、転げるように走った。
そこにあったのは、黒焦げの人間だった。

同じ日、石井警官は再び鳥栖駅に走っていた。
知香がまた、鳥栖駅に1人でいたのだ。
12時頃から、5時間もいた。
知香はおととい、東京からハールさんと来たという。

この前は、知香の家は福岡の平尾だった。
今度は東京から来たと言う。
知香は母親と一緒に引っ越したのだった。
今度もまた、ハールさんと佐賀のマンションにいたらしい。

なぜ知香は、ハールさんとマンションにいたのか。
ハールさんは、「お母様が悩んでいる。1人で考えさせてあげよう」と言って、知香を連れて行ったらしい。
5月の時は、知香の父親が知香に見せたいものがあると言って連れてきたようだ。

父親の名前は、小月参次郎。
母親の名は小月綾乃。
知香が言うには、知香の母親はハールさんを「竜彦」と呼んでいた。

その頃、佐賀県警捜査一課は通報を受けて、黒焦げの遺体に向かった。
残された車の持ち主は東京都世田谷区、小月綾乃と判明。
セミの声がひっきりなしに響いている。
遺体から3m先に、ライターがあった。

自殺なら自分に火をつけてから、投げたことになる。
つまり、他殺の疑いが濃厚だ。
遺体が運び出される
全員が手を合わせる。

佐賀県警捜査一課。
落としの水木と呼ばれる警部補・水木正一郎が「自殺じゃないなあ」と言う。
焼身自殺する人間は、わざわざこんな場所を選ばない。

その頃、石井警官は東京の小月家に連絡を取っていた。
しかし母親は、電話に出なかった。
父親も仕事で外国に行っていて留守で、お手伝いさんが応対したのみだった。

黒焦げの遺体は、小月綾乃と判明した。
それを聞いた鳥栖署の職員は、驚く。
署で保護している少女・知香の母親ではないか。

燃え残っていたバッグの底には、少女用の着替えがあった。
知香の着替えで、もし娘を迎えに行くところだったら、自殺ではない。
水木が知香に持ち物を確認してもらったところ、自分の着替えだと言う。
スカーフは母親のものだが、3枚組になっているうちの1枚だ。

バッグも見せると、確かにお母様のバッグだと言う。
「でも、どうしてこんな状態に?」
バッグが焼け焦げているのを見て、知香が言う。
誰もが答えられなかった。

知香は昨日、ハールさんと一緒に鳥栖駅に来た。
ハールさんは。四角いリュックを持っていた。
重そうだったので触ってみたら、ハールさんは怖い顔をして、さわってはだめだといったらしい。

知香は、ハールさんと一緒にいたマンションを覚えていた。
管理人は、5月に来た知香のことを覚えていた。
マンションの家賃は半年分先払いにされていたが、借りた男は竜彦という名前ではない。
偽名だった。

借りていた男は30歳半ばの、なかなかの男前だったと言う。
小月参次郎の家に調べに行くと、家政婦が応対した。
家政婦は、知香がいなくなったことは知らなかった。

だがいなくなったのが5月と聞くと、家政婦は主人から突然、休暇をもらったことを思い出した。
6月から夫婦は別居していた。
理由は、不明だった。

解剖の結果、綾乃は生きたまま火をつけられて死亡したことがわかった。
遺体の炭化は激しく、ガソリン以外のものをかけられたらしい。
両手の爪に、微量の繊維が残っていた。
スカーフの繊維だった。

つまり綾乃は、縛られた状態から逃れようとした。
マンションに残った髪の毛のDNAと、綾乃の車の中から発見された髪の毛のDNAが一致した。
重要参考人は、ハールと呼ばれる男。

綾乃の夫の参次郎は、会社経営の三代目。
会社は優良企業で、参次郎は猛烈な仕事人間だった。
しかし事業を拡張した影響で、最近の業績はあまり思わしくない。
生命保険を狙った依頼殺人だろうか?

8月9日。
綾乃と知香の東京の世田谷にあるマンションから、綾乃の日記が発見された。
日記には、Tという人物に綾乃がおびえ、悩んでた様子が書かれていた。
『8月1日以降、Tから頻繁に電話が掛かり、怖い。Tは普通じゃない。知香を助けて』と書かれていたた。

小月夫妻は、どうも脅迫をされていたようだ。
参次郎が、外国から戻ってきた。
マスコミを避けて、唐津のホテルに逗留する。

父親を見た知香は「あっ、お父様だ!」と叫んで駆け寄る。
「お母様は一緒じゃないの?」
知香の問いに参次郎は「…うん」としか言えなかった。

知香は送ってきてくれた石井警官に。帰らないでと言った。
無理を言ってはいけないと諭す父親に、知香は「お母様はいつ来るの?」と聞いた。
参次郎はまたしても、「うん」としか言えなかった。

水木こと水さんは、参次郎を取調室に呼んだ。
参次郎は冷ややかだった。
まさか、自分が疑われているのか?

これは凶悪犯罪だ。
別居中とは言え、妻が殺されて自分は関係ないで済むのか。
だが参次郎は、知香の行方不明のことも知らないと言った。

5月に綾乃が、鳥栖駅に知香を迎えに来たことも知らなかったと言う。
だが水さんは、参次郎は家政婦に誘拐を知られたくなくて、暇を出したのではないかと疑った。
なぜ、知香の誘拐を警察に届けなかったのか。
話せない何かがあるのか。
水さんが、小月夫妻は脅迫されていたのではないかと聞いたが、参次郎はそれを聞くと憤慨した。

綾乃がハールという男を「竜彦さん」と呼んでいたことも伝えた。
名前で呼ぶのは、かなり個人的な関係だろう。
すると参次郎は、ハールは三田川竜彦だと言った。
自分の会社にいた男で、解雇を恨んでいたと言う。

三田川竜彦は、参次郎の大学の同級生だった。
ずば抜けて優秀な男だったが、研究先の北欧にいた頃、多額の研究費を着服した。
だが一番の解雇の理由は、セクハラだった。

裁判沙汰になる直前だったのだ。
竜彦にはもともと、女性をじろじろ見る悪癖があった。
特に女性のお尻に、異常な興味を示した。
しかしセクハラで解雇されたぐらいで、社長の妻を焼き殺すまでの凶行に至るだろうか?

8月10日。
竜彦のアパートに、鳥栖署の刑事が向かう。
戸を叩くと、竜彦が現れた。

知香の誘拐と綾乃殺害容疑。
辰彦は逮捕された。
その時、辰彦は不敵な笑みを浮かべた。

取調室。
水さんが現れ、「自分は佐賀県警捜査一課、強行犯捜査係の水木警部補」と名乗った。
背後にいる若い刑事のことは、「同じく大河原刑事」と紹介した。
「あなたの取調べは最初から最後まで、我々2人が担当します」。

「8月10日、午後4時ちょうど」。
取調べが始まった。
「今年3月小月化学を退職。間違いありませんね」。

水さんは竜彦のプロフィールを話して確認する。
すると竜彦は「ま、そんなところですかね」と答えた。
「逮捕された理由もわかっておりますね?」
「うーん、何かごちゃごちゃ言ってたな」。

そう言うと、竜彦は薄く笑う。
すると酷薄で、残酷で、少し凶暴な感じが漂う。
「営利目的の略取誘拐。それに殺人容疑です」。
「ほお。僕は一体誰を誘拐して、誰を殺したのことになってるんですか?」

「小月知香を誘拐。母親・小月綾乃を殺害した容疑です」。
「警察は僕が犯人だと決めているわけだ」。
「今のところ、被疑者です。小月知香ちゃん、知ってますね」。
「知香ちゃんを誘拐ね、動機は?」

「解雇されたことを。あなたは恨んでいた」。
「ああ、小月は卑劣な奴でね。あることないこと、でっちあげられて僕は嵌められてあっさり、解雇」と竜彦は言った。
「だからって誘拐はないですよ。まして殺人なんてね」。
「そんなこと、言ってましたか。相変わらず汚い奴だ」。

竜彦はマンションを、中村三郎の偽名で借りていた。
それはおかしくはないのか。
すると竜彦は、「ふふふふ」と笑う。

「知香ちゃんを連れ出したことは認めるよ、だけど誘拐じゃない」。
「お父さんが見せたいものがある。そう言って連れ出したはずだがね」。
「そんなこと、言ったかなあ~」。

「小さい子を連れ出して、何日も部屋にとどめたら。それは略取だ。(小月夫妻に)1億円も要求する理由は何だ?」
「確かにそんなことで1億出す小月じゃない。その1億円を身代金とした証拠は?」
おそらく、竜彦は16時7分に鳥栖駅についた列車で、知香を下ろした。

小月夫人を乗せた列車が、その手前の駅に到着した。
駅には竜彦がいた。
1分の停車中に小月夫人は竜彦に1億円の入ったケースを渡し、そのまま知香を迎えに列車に乗った。

竜彦は、それは小月参次郎の作り話だと主張した。
誰かが身代金のやり取りを目撃でもしていたのかと、強気だった。
「証拠は何一つない」。

だが水さんは言った。
「証拠?証拠は今にあなたの口から語られますよ」。
きっぱりと言うと、「本日の取調べを終わります」といって水さんは立ち上がる。
「へえ、もうですか」。

水さんは、竜彦に対する態度を変えることにする。
翌日、取調室でふんぞり返った竜彦を見て、水さんは態度が大きいと怒った。
そして、知香が目撃したリュック、あれはガソリンが入っていたのではないかと言う。

だが竜彦は、「僕には小月夫人を焼き殺す理由がない」と反論した。
水さんは竜彦の目の前に、ライターの火をかざす。
「お前だよ、やったのは」。

そう言うと、竜彦がくわえている煙草に火をつけた。
綾乃は竜彦のことを、名前で呼んだ。
竜彦と綾乃の間には、何かあったのではないか?

「下品な推測はやめろ、なくなった夫人に対する侮辱だ!」
竜彦が突然、顔色を変えた。
「ハールさんとは?知香ちゃんはなぜ、ハールさんと呼ぶんだ?」

すっと、竜彦は視線を下にそらした。
だが次には不敵な笑みを浮かべ、「ニックネームだよ」と言った。
そして「刑事さん、昼飯まだかな。腹減ってきちゃったよ」と笑う。

竜彦は、検事の取調べに向かった。
車に乗り込む前、竜彦は署を見上げ、窓のところにいる水さんを見るとニヤニヤと笑った。
「あいつ、笑ってましたね」。
大河原刑事は、不愉快だった。

取調べの鉄則に、被疑者を反抗的な気分にさせてはいけないというものがある。
だが今日の水さんは、竜彦を明らかに挑発していた。
「ビッグ」と他の刑事が大河原をなだめた。

なぜ、大河原はビッグというニックネームなのだろう。
水さんが聞くと、大河原は、大河原大介と言う名前で大が2つもつくのに、子供の頃は背が小さかった。
だからみんなは、ビッグとニックネームをつけた。
ニックネームと言うのは、そういうものなのだろう。

竜彦は、自分は「幸せとは無縁の奴でね」と言っていた。
その通り、小学生の時に両親を相次いでなくしている。
竜彦はそれから、叔父のところに世話になっている。
だが竜彦には大学に行くまでの3年間、まったく消息不明の時期があった。

現在は叔父一家も夜逃げ同然に逃げているため、見つからない。
何とか叔父を見つけて、3年間何をしていたか知りたい。
水さんと同僚の刑事がそう話している時、居眠りしていたビッグが飛び起き、取り繕うように竜彦のプロフィールを読み上げた。
「好きなものは、ロイヤルミルクティー?意外だ」。

8月14日。
拘留14日目。
取調室。
検事の取調べが気に食わないと言って、竜彦は終始、黙秘していたらしい。

水さんは竜彦が中学卒業から3年間、何をしていたか聞いた。
竜彦は「それを調べるのが警察の仕事」と言って、答えなかった。
さらに、身代金として小月参次郎が1億円出しているが、自分が1億円せしめたらもう逃亡していると言う。

「綾乃さんの電話番号は、どうやって調べた?」
すると竜彦は「電話なんかしてないっ!」と声を荒げた。
「何を要求していたんだ?」

水さんは続ける。
5月、夫人は要求を断固はねつけたから、竜彦は知香を誘拐したのだろう。
だが今度はなぜ、綾乃は竜彦の要求を徹底して拒否をしたんだろう。

なぜだ。
だから竜彦は、綾乃を殺したのではないか。
竜彦はそれには答えずに言った。
「あんた、落としの達人だそうだがな。僕にはそう見えないんだがねえ」。

むっとした大河原刑事が立ち上がったのを、水さんは抑える。
「被疑者だって、否定するのが当たり前だ。それをたくみに自供に追い込むのが刑事さん。何とか言い逃れをしようとするのが被疑者」。
「そのすべての逃げ道を遮断するのが、刑事さん。取調べってのは、そういうものじゃないですかねえ」。
水さんは、「自分は無駄な戦いは避ける主義でしてね」と言う。

夜、近くの食堂で食事をしながら、大河原刑事は「落としの達人に取調べをとうとうと語った」と言って、怒っていた。
食堂のおばちゃんが、大河原をビックさんと呼んだ。
機嫌の悪かった大河原は、「ビックじゃなくて、ビッグ!」とおばちゃんの間違いを訂正した。

一緒にいた衣井刑事も言った。
「ドックじゃなくて、ドッグ。ベットじゃなくてベッド」。
そういえば野球で、ファウルをハールと言って笑われたと叔母ちゃんは笑った。

「ファウル?」
「ハール?」
水さんが、つぶやく。

8月15日。
取調室。
綾乃はひどく辰彦におびえていたのに、なぜ、知香を2度も誘拐されたのだろう?

竜彦は「おそろしいですねえ」と笑う。
そして「前から一度聞こうと思っていたけど、刑事さん。僕のことどういう人間だと思ってるんです?」と聞いた。
水さんは言う。

「見た目は人間だが、中身は人間じゃないと思ってる」。
「ほお」。
「生きている人間を、それも顔見知りの人間を焼き殺すなんて、人間の出来ることじゃない」。

「確かな物証性もないのに、決め付けるのはやめてくださいよ」。
「小月夫人の爪の中に、スカーフの繊維が入っていた。なぜだか、あんたが一番良く知っているはずだ」。
「両手首、両足首を縛られ、体の自由を奪われた夫人が炎に包まれた恐怖の中で、縛られたスカーフを死に物狂いで取り除こうとした」。

水さんは、竜彦の前に自分の手をかざす。
「両手の爪で、必死になって引っかき、こすった。その跡が爪に残っていたんだよ」。
水さんが、空をひっかく仕草をする。

「そうやって脅して、自供させようたってそうはいかない。やってないものはやってないんですよ」。
「小月綾乃を殺害したのは、あんただよ。三田川さん」。
「証拠もないのに決め付けるのは、やめてほしいって。人権蹂躙だ」。

「あんたかならず、自供するよ。必ず」。
水さんはそう、きっぱりと言うと立ち上がる。
「本日の取調べを終わります」。

8月16日。
水さんは、ホテルに滞在中の参次郎に会いに行く。
知香は、非番の石井婦人警官と遊んでいた。
久しぶりの笑顔だと、参次郎は言った。

水さんは、竜彦に夫妻が脅された理由を聞かせて欲しいと言った。
まさか、三田川信じているのでは?と、参次郎の顔が曇った。
「私は、どちらも違うと思っている」と水さんが言う。

なぜ、会社の揉め事で、綾乃が残酷に殺害されなくてはいけないのか。
参次郎が話してくれなければ、事件は解決しない。
外にいた知香が、父親に手を振る。

水さんは言う。
このままでは、知香の母親を殺した犯人を見逃すことになる。
参次郎が水木の顔を見る。

「水木さん。このことは絶対に、内分にしていただきたい。約束してもらえますか」。
水さんが。うなづく。
「…知香は私の子ではない」。

水さんも、大河原も息を呑む。
「私の留守中に、綾乃が暴行された時の子供だと言って、三田川は脅してきた。しかもDNA鑑定を突きつけて」。
「それでもはねつけたら、知香を誘拐した」。
「知香の命には変えられない。それで1億円を支払った」。

綾乃は。暴行の相手のことを覚えていなかった。
忘れようと言う参次郎に対して、綾乃は自分を責め、家を出て行ったのだ。
だが参次郎は今度の2度目の誘拐のことは、本当にまったく知らなかった。

綾乃が、相談してくれていれば。
「くやしいですよ…!」
そして参次郎は言った。

「知香と離れていて、はっきりわかりました。知香がかわいい。手放したくない」。
「水木さん、これから先、ずっとあの子と一緒に生きていきますよ」。
水さんは、参次郎に頭を深々と下げた。

知香が、やってきた。、
水さんにも、「こんにちわ」と挨拶した。
参次郎が、石井警察官に「なんにしますか?」と飲み物を聞いた。

「知香はロイヤルミルクティーだな」。
そう言うと水さんに「母親が好きだったもんですから」と言った。
大河原が、知香に持ってきた服を見せ、「ハールさんが着ていた服かな?」と聞くと知香ははっきり「そうです」と答えた。
水さんは知香に、ハールさんとこっちに来る前、東京でハールさんと会わなかったかと聞いた。

すると知香は目を丸くして、「おじさん、何でも知ってるのね」と驚いた。
その時、電話番号を聞かれなかったかなと言ったら、知香はますます驚いていた。
竜彦は、綾乃の電話番号は知香から聞いたのだった。

帰り道、水さんは考えていた。
ハール?
ハールの意味は何だろう?

水さんは大河原に、佐賀大学の教授のところに行って、意味を調べてくるように言った。
綾乃を焼いたガソリンには、小月化学で使っていた薬剤・ポリプロピレンが入っていた。
これを混入すると、燃えが激しくなる。

8月16日。
取調室。
エアコンが、壊れていた。
暑い。

竜彦は、前を向いて黙っていた。
水さんは、綾乃の遺体の写真を見せた。
竜彦は、平然と見下ろした。
「ほう。なぜ動揺しない。どんな人間でも普通、顔を背ける写真だと思うがね」。

「あいにく僕は普通の人間じゃないんでね。刑事さんに普通の人間じゃないと言われた」。
「確かにあんた、人間じゃない」。
「あんた、鬼だ」。
「鬼。いや、鬼以上だよ」。

「ほお鬼の次は、鬼以上か」。
「ガソリンだけでは、こうならない。燃焼力を高めるために、ポリプロペリンが添加してあった」。
「こんなひどいことができるのは人間じゃない。鬼だ。鬼以上だ」。
「あいにく僕の専門は、バイオの方でね。刑事さんあんたはじめっから、僕が鬼だって先入観にとらわれている。鬼だから、あんなむごたらしい殺し方って当然だってね」。

水さんは、知香が大田黒公園で竜彦と会ったと証言したことを話した。
知香はそこで、家の電話番号を聞かれた。
水さんは続ける。

「ハールさんはカレーを作ってくれた。それは少し、辛かった」。
「だが、あの子は優しい子だ。おいしいと言ったらば、次の日もその次の日もカレーだった」。
ふん、と言った表情で、竜彦は「子供を飢えさせるわけにはいかないからね」と言った。

「どうも不思議だ。どうして知香ちゃんは、あんたみたいな鬼のような男に懐いていたんだろうね。ハールさんなんて、ニックネームで呼んだりしてね」。
そして「あんたほどの男が子供の証言で追い詰められるとは、な」と鼻で笑った。
「今のあんたの心境は、『この世から消えてなくなりたい』心境だろう」。
「今、何て言った?」

竜彦の声の質が変わった。
その様子に、大河原も振り向いた。
「今、何て言った!」
竜彦が、机を叩いて立ち上がる。

「この世から消えてなくなるって。どういうことだ!」
竜彦が水さんにつかみかかろうとして、大河原に押さえられる。
「お前みたいな奴には、二度と口はきかん!」
竜彦は叫んだ。

「暴れた挙句に黙秘ですか」と白井課長は驚いた。
「そんなに興奮するとは」と、水さんも言った。
「奴にとって、何か重大な意味があるんだな」。


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2015.09.20 / Top↑
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