こたつねこカフェ

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私は永遠の… 「火の鳥 鳳凰編」

手塚治虫先生のライフワーク、「火の鳥」。
その中に「鳳凰編」がありました。
時は飛鳥・奈良時代。

天才彫刻師の茜丸。
我王は、漁師の村に生まれたが、生まれた日に父親に抱かれて崖から転落。
片手は不自由に、顔は傷のため醜い容貌となった。

その醜さゆえに迫害され、捻じ曲がった我王。
やがては盗賊の頭になる我王が追われて逃げ込んだのは、焚き火をする若き彫刻師の茜丸のもと。
屈託のない好青年の茜丸の表情と、健康な体は我王にはまぶしく妬ましかった。

そこで我王は茜丸の右手を傷つける。
まっすぐな茜丸に、自分の苦痛を味あわせたくて。
嫉妬のあまりの行為だった。

しかし茜丸は立ち上がる。
だが茜丸に難題が突きつけられる。
権力者、橘諸兄が火の鳥を彫れというのだ。

火の鳥など、見たこともない。
茜丸は火の鳥を探して旅に出る。
結局、火の鳥が彫れなかった茜丸は斬首されそうになるが、それを救ったのは遣唐使の吉備真備だった。

吉備真備の蔵で、火の鳥の掛け軸を見た茜丸は夢を見る。
海を渡って唐に向かう茜丸は嵐にあい、海に落ちて死ぬ。
すると、小さな微生物に生まれ変わる。

魚に飲まれる。
その途端、亀の卵から茜丸だった亀が生まれる。
ここはどこですか?
揚子江だよ、と誰かが答える。

私には何か、やることがあったように思えるのですが。
お前はここで死ぬまで暮らすのだよ、とまた、誰かが答える。
亀は長く生き、大きく成長し、捕らえられ、べっ甲製品となる。

その途端、鳥の卵から雛が誕生した。
親鳥は、私たち鳥が崇めている方のところへと、雛を連れて行く。
するとそこには、光り輝く火の鳥がいた。

火の鳥は雛に言う。
お前のことは知っています。
鳥になる前は、揚子江の亀だったのよ。

その前は、小さな微生物でした。
サラにその前は、人間だったのよ。
人間って、あの地上を日本の足で歩く大きな生物?

火の鳥は言う。
さあ、私の姿を見ておくのよ。
よく見ておきなさい。
火の鳥が翼を広げる。

茜丸は、蔵の中で目が覚めた。
作れる。
火の鳥が作れる。

茜丸は見事な鳳凰を作り上げた。
吉備真備はそれを帝に献上する。
歯軋りする橘諸兄をよそに、吉備真備は茜丸を連れて出て行く。

そして茜丸は、一流の彫刻師となっていく。
だが吉備真備は、大仏の建立の滞りの責任を取らされて失脚する。
茜丸も殺されると思った。

しかし政敵・橘諸兄さえもが、茜丸の腕を買う。
すると茜丸は徐々に増長し、権力に取り付かれていく。
やがて大仏建立が始まる。

一方、盗賊として暴れまわっていた我王は、1人の女に愛される。
我王は鼻の病にかかり、鼻が醜く大きく膨れ上がる。
女を茜丸の妹で自分に復讐する機会を狙っていたと思い込んだ我王は、自分に毒を盛ったと言って女を殺す。
だがその女は、いつか自分が逃げる途中で助けた虫の化身だった。

人殺しの自分にも、愛を捧げた女がいた。
だが自分は女を信じることができず、殺してしまった。
我王は後悔の念にさいなまれ、捕らえられる。

捕らえられた我王を救ったのは、いつか我王が鼻の病にかかると見抜いた旅の貧しそうな僧侶だった。
この僧侶こそ、吉備真備も頼りにする高僧だった。
我王はこの僧侶と旅をするうち、彫刻の才能を見出される。
旅をする我王は、貧しい村々で彫刻を作り、その彫刻は人々の心を和ませ、支えていく。

都で名声を得る茜丸。
やがて我王を従えていた高僧は我王を置いていき、即身仏になった。
その姿を見た我王は悟る。

死んだ者が仏になるなら、生きとし生けるものすべては仏だ。
尊いものなのだ。
上人様、俺はわかった、わかりました。

その後の我王は、村々を回って人々のために仏像を作り続けた。
2人は大仏に添える彫刻を決める場で、再会する。
その時の2人の立場と、立ち位置は逆転していた。

鬼瓦を作り、投票により優れているとされた者が大仏建立に携わる。
茜丸も必死になって鬼瓦を作る。
我王は、今までの自分の怒りに満ちた人生を振り返る。

その時、光り輝く鳥が現れ、未来の我王を見せる。
未来の我王、それは「火の鳥」の未来編で描かれた博士だった。
世界の終わりを見せられた我王は、なぜ自分にこんな苦しみを与えるのかと鳥に問いかける。
いつ、この苦しみは終わるのかと。

鳥は答える。
永遠にです。
そしてお前は永遠にその苦しみを背負って立つ役割なのです、と。
さあ、その怒り、苦しみを思い切り作品にぶつけるがいい。

我王は問う。
「あんたは、一体なんなんですか…?」
私は、永遠の…。
火の鳥が飛び去る。

決戦の日。
茜丸も見事な作品を作った。
我王の作品が見せられた。

全員が息を呑む。
茜丸のスポンサーの橘諸兄も、うなる。
地獄の目だ。
うめき声が聞こえてきそうだ。

「負けだ…。完全に俺の負けだ」。
茜丸はうなだれる。
だが決選投票は、茜丸の勝ちだった。

ほっとしたのも一息。
インチキだと言う声が上がる。
橘諸兄でさえ、我王の作品を見た瞬間、息を止めたではないかと。

「お待ちください!」
茜丸が声を上げた。
そして、我王を指差した。

この男は、昔、自分の片腕をだめにした男だ。
盗賊だ。
橘諸兄がにやりと笑い、何が望みだと聞く。

昔、自分がされたのと同じことをしてくださいと茜丸が言う。
我王の腕が斬られ、追放される。
しかしその夜、大仏殿から火の手が上がる。
我王の鬼瓦の後ろから、まるで地獄の業火がすべてを焼き尽くすかのようだった。

大仏を守ろうと火の中に飛び込んだ茜丸は、火の鳥を見る。
今こそ、一世一代の火の鳥を彫る。
しかし火の鳥は言う。
茜丸、お前はもう死ぬのです。

死んだら、小さな微生物に生まれ変わります。
なんてことだ、その後、人間に?
その後は揚子江の亀になります。
ではその後、人間に?

いえ、お前はもう、二度と人間に生まれ変わることはないのです。
さあおいで、茜丸。
お前はもう死にました。

絶望した茜丸は叫ぶ。
お前は一体、誰だ。
私は、永遠の…。

我王はたくましく、生きていた。
不自由な両手を補って、手で彫刻を掘る。
我王の周りには動物が溢れ、人々は我王を仙人と崇めた。

我王は考える。
一体、何なのだろう。
都で再会した時、あの茜丸の輝く目までもが、死んでしまっていた。
都では橘諸兄の権力が、帝の引退とともに陰りを見せていた。

茜丸の焼け残った頭蓋骨を持って、ブチという娘が現れた。
火の鳥を探す旅の途中、茜丸についてきたこそ泥の娘だった。
茜丸の素直さに惹かれ、茜丸を探しに都まで来て再会もしたブチ。
その頃、すでに茜丸は変わってしまっていたが。

ブチは我王に、お坊さん偉い人でしょ?と問うた。
供養をしてほしい、茜丸と言う人だ。
頭蓋骨を見た我王は、茜丸か!と答えた。

ブチは言う。
「あたい、お墓のそばに住みたいんです」。
「来るがよい」。
我王はブチを連れて行く。


こもっと、いろんなエピソードがある。
積み重ねがある。
だから、その末に再会した2人の立場も、人生も変わっていることにグッと来る。

2人の運命を見るのは、火の鳥。
永遠の命を持つ火の鳥。
火の鳥の前では、すべてが小さい存在でしかない。
だが小さい存在である生き物は、必死に生きている。

長い物語の末、茜丸の清廉な様子が失われて行く。
盗賊の頭までした我王の憎しみに満ちた目が、穏やかに変わっていく。
政府のため、権力者のため、巨大な仏像を作る茜丸。

一方の我王は、貧しい名もない人のために仏像を作る。
橘諸兄が金を投げ出し、「それでそちの腕を買う」と言う。
茜丸は帰り道、大笑いする。
俺の腕を橘諸兄までが認めざるを得ないのだ、と。

名もない人々のため、小さな仏を作って回る我王。
我王を連れてこようとする役人が、村人に聞くと「我王さまは2日前にこの村を通過されました」と言う。
「生き仏のような方です」。

「あの方の周りには、鳥や獣がいつも群れております」。
以前は、人を傷つけることをためらわなかった我王。
しかし、役人が振り上げた鞭にあたって小鳥が死んだのを見て、怒りに燃えるほどに変わる。

茜丸と我王。
対照的な2人の人生が永遠の命を持つ火の鳥を軸に、交差する。
初めて読んだ子供の頃はわからなかったんですが、非常に優れた物語なんですね。

最後に、茜丸は自分が見た夢の通り、転生することがわかる。
永遠の命を持つ火の鳥は、変わらない。
それに比べて、人間は変わっていく。

世の中も変わっていく。
諸行無常。
見事な構成でした。
学校の先生が真剣に読んでいたわけだ。


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Comment

逆転の構図
編集
鳳凰編は重量級の読後感でした。
読み始めた時は、自分の中の善なるものを投影するかたちで茜丸に感情移入する訳ですが、やがてそれは翻弄されます。
忌むべき存在だったはずの我王に感情移入せざるを得なくなり、読者は自分の価値基準を疑うことになります。

二人の主人公を安易に善悪二元に分けることができない。
我王と茜丸に優劣をつけることは愚かしく、結局は生きる哀しさに胸を衝かれます。
人間の現実、歴史の現実とはそもそもそういうものだったかもしれない、と感じるに至って、手塚治虫の描きたかった深みに気付きました。
2015年12月22日(Tue) 20:59
kaoru1107さん
編集
>kaoru1107さん

こんにちは。
コメントありがとうございます。

>鳳凰編は重量級の読後感でした。

黎明編もおもしろかったんですが、それをさらに濃厚にしたような鳳凰編でした。

>読み始めた時は、自分の中の善なるものを投影するかたちで茜丸に感情移入する訳ですが、やがてそれは翻弄されます。
>忌むべき存在だったはずの我王に感情移入せざるを得なくなり、読者は自分の価値基準を疑うことになります。

これです、そうなんです。
正義の主人公はずっと正義で、悪は最後まで悪。
好青年の茜丸と、醜く凶暴な我王が途中から立場が入れ替わるなど、考えもしませんでした。

>二人の主人公を安易に善悪二元に分けることができない。

人間と言うものはどちらの顔も持っていて、どちらに転ぶこともできる。

>我王と茜丸に優劣をつけることは愚かしく、結局は生きる哀しさに胸を衝かれます。

それをやるのは権力者であり、その権力者も栄枯盛衰。
ずっと見ているのは、永遠の命を持つ火の鳥。

>人間の現実、歴史の現実とはそもそもそういうものだったかもしれない、と感じるに至って、手塚治虫の描きたかった深みに気付きました。

kaoru1107さんの洞察、本当に感心いたします。
大仏を中央集権の象徴であるという描き方にも驚きました。
大仏が人々を見下ろす都から離れた山奥。
それに対し、我王は山で作る小さな、人々のための仏像を作っている。
そこに茜丸の骸骨を持ってブチが来て、我王が導いて終わる。
手塚先生は、すごい。
すばらしいエンディングでした。

コメントありがとうございました!
2015年12月29日(Tue) 00:47












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