自分傷つけて生きてくのはやめた 「熱帯夜」

80年代に放送された、松田優作氏と桃井かおりさん主演のドラマ「熱帯夜」。
日本版ボニーとクライド。
ファッショナブル銀行強盗と名づけられたカップルの、逃避行。

松田優作氏の立って見ているだけで、威圧感で引いてしまうような存在感。
桃井かおりさんの、ふわふわとした存在感。
2人の演技と個性が炸裂。

松田優作氏は、おしゃれで、凶暴。
桃井かおりさんは、おしゃれで、捨て鉢。
松田優作氏と桃井かおりさんでなければ、この味は出せない。
それぐらい、はまっている。

しかしこの2人の俳優の本当のすごさは、むしろ静かな場面で発揮されるんです。
同行するカメラマンがこの2人に気を使い、部屋を出て行こうとする。
すると、俺たちはそんな、汚い仲じゃないと英次は言う。

魂で惹かれあい、結びついている共犯者、戦友なのだと言わんばかりに。
少し、戸惑いを感じさせる英次の口調。
チラリと、英次の純情が伺えるシーン。

山道を行く時、尋問してきた警官を英次は撃った。
急いで車を発進した後、車にいた妹が怒った様子で言う。
「人なるべく、傷つけない方が良いよ」。

すると英次は言う。
「人、傷つけずにお前。生きていけんのか」。
妹は怒った。
「あたし、人傷つけたくないもん!」

あの警官にだって、大切な人がいるのだろう。
たぶん、妹はそう言いたい。
頭軽そうに見えるが、優しい娘だ。

だが英次は怒鳴る。
「お前は大勢の前で裸になって、自分傷つけてんだろ!」
泣きそうな顔になる妹。
彼女は、覗き部屋で脱いでいたのだった。

「俺はもう、自分傷つけて生きていくのはやめた」。
「自分傷つけるなら、相手を倒す。遠慮なしに倒す」。
そう言いながら銃を構えるが、英次も内心は動揺している。

すると、幸子が言う。
「そう、この人、素敵よ」。
幸子は英次のすべてを肯定する。
「みんなして、人バカにして」とつぶやいていた、田舎出身の冴えない幸子を認めてくれたのは、英次だけだったから。

だが徐々に包囲され、幸子と英次は日本を脱出することを考える。
船で日本を出る前日、夜の海を前に、2人が話す。
ウミネコの声が響く。

「俺たち、…これでほんとに良かったかな」。
英次が聞く。
「良かったんじゃない」。
幸子が答える。

波の音。
「いよいよ今日ね」。
幸子の声に、うつむく英次。

「何か…」。
「…」。
「何か寂しい」。
「…」。

「たまんなく寂しいよ」。
英次がこんなことを言えるのは、幸子だけだ。
だが英次の様子は幸子と出会った時からは、想像もつかない。
すべてを包み込む幸子だから、英次は素になれた。

「あたしがいるじゃない」。
幸子は前を見ている
「そんなことじゃなくて」。

英次が煙草を吸う。
「あたしも」。
幸子の視線が落ちる。
泣き声が混ざる。

幸子が顔を伏せる。
「…抱いて」。
英次は無言だった。
聞こえてなかったのかもしれない。

「抱いて」。
今度はもっとはっきり、幸子が言う。
「え?」

幸子が抱きつく。
英次はすでに逃亡中、腕を怪我して自由にならなかった。
「抱いて」。

幸子が英次に抱きつく。
「日本を離れるんだから、抱いて。ね?」
おどおどと、2人の唇が重なる。

「爆発、か」。
今度はいつもの英次の声だった。
もう一度、しっかりと2人の唇が重なる。


この時はもう、警察が英次の身辺をつかみ始めていた。
英次の元職場の上司が言う。
「須藤(英次)は、あの仕事をしていました」。
指差すほうを見ると、一人の青年が調理場でバケツ一杯になったゴミを運んでいた。

逃亡の途中、寄った英次の家は倒れそうに古く、小さかった。
英次は兄に密かに、強盗で作った金を渡してた。
受け取れないといった風の兄だが、英次は金を渡し、2人は固く抱き合った。

都会に出てきた英次も、妹も、踏みにじられるようにして生きてきたのだろう。
プライドなんて、あっても認めてもらえるような生活じゃなかった。
幸子が曲を投稿したラジオのパーソナリティが、幸子の犯罪を知って「あたしたちなんて何もできないけどさ、あんた、爆発したのね」と言った。

それは少し愉快そうで、共感の気持ちが入っていた。
誰もが、思い通りにならない人生を耐えて生きている。
幸子がそこを外れたからと言って、糾弾する気になれない。
そんな気持ちが感じられた。

夜の海辺での幸子と英次。
英次が「たまらなく寂しい」と言った。
この前に、英次は自分の家族の写真を写真雑誌に投稿したカメラマンに対してキレている。

幸子がふわふわと、しかししっかりと話をそらさなければ殺したのではないか。
少なくとも、半殺しにはしたであろう。
それほど、英次には殺気と威圧感があった。

英次はいつも、幸子と妹以外には手が飛んできそうな男だった。
危険な男。
まさに英次は、そういう男だった。

その英次が、寂しいと言う。
信じられないような心細い声だった。
これが本当の英次なんだ。
英次は本当は、弱音を言いたかったんだ。

でも、誰にも言えなかった。
だから英次は、怖い男になった。
そうして自分を守ったんだ。

どうしたの、英次。
大丈夫よ。
素敵よ。
弱音を吐いて、そうしたら誰かに、こう言ってほしかったんだ。

幸子に「抱いて」と言われて「え?」と言った英次。
英次の聞き返す声は、おどおどしていた。
小さく、頼りなく、自信がなかった。

松田優作氏の容貌からは、考えられないような声だった。
きっとずっと、強盗になる前の英次はそんな声を出していたのに違いない。
こんな声を出す男だったんだろう。

一気に英次が哀れになる。
抱きしめてやりたくなる。
英次がこんな声を出すから、悲しくなる。

松田優作氏といえば、超人的な身体能力を生かした役が似合う俳優。
超人であるのに最後はあっけなく、みっともなく死んでいく。
ファンは、人はこういうところに惹かれたと思う。
彼の最大の、持ち味。

しかしこの会話で、松田優作氏が他の超人と違うのは、こういう声が出せるところなのだと思った。
彼の真髄は実は、こういうところにあるのだと思った。
それほど、英次の「寂しい」と「え?」は効いた。


さて、ラストまで書きます。
翌日、港に来た英次は船を指差し、幸子に「あれだ」と言う。
「すごい」。
幸子が笑う。

「金払ってきたよ」。
英次の声は優しい。
「乗って良い?」
「当たり前だろ」。

船の中。
「気に入ったか」。
「これでやっと、自由になれるよね」。

英次が、幸子に近づく。
ふふっと、幸子が笑う。
初めての、女性としての幸せそうな顔だった。
当たり前のような、普通のカップルがそこにいた。

「後悔しないか」。
「後悔なんて」。
幸子が頭を、英次の腕にもたれかけさせる。
「ずっと後悔してたじゃない」。

2人が見詰め合う。
ぎこちない、それでも幸せそうな2人。
英次は、幸子を愛してしまっていた。
だから、その愛する人を犯罪に巻き込んだことに後悔を覚えていたのだろう。

書類が揃わないと、船を動かせないと言われた英次。
1時間ほどでできると言われ、2人は船を離れる。
再び戻ってきた時、英次が言う。

「あの車、前からあったか?」
幸子が答える。
「あったんじゃない」。

そして最期の時が訪れる。
港は包囲されていた。
同行していたカメラマンが突然、「助けてくれー」と叫び、人質のように警察に走っていく。

それを見た2人は抱き合う。
英次が銃を持つ。
警察が発砲した。
抵抗しよう立ち上がろうともがく英次に、刑事が発砲する。

英次が倒れる。
幸子は見ていた。
呆然と立ち上がった幸子に向かって、銃声が響く。

幸子が倒れる。
シャッター音。
すべてを、カメラは収めていた。

離れて倒れている2人から、カメラが遠ざかっていく。
パトカーのサイレンが聞こえる。
警官隊が近づいてくる。
救急車もやってきた。

犯罪で、結びついた2人。
そこから、ついに抜け出せず破滅した2人。
もっと違う道があったのかもしれないが、すでに遅かった。
この時の「昭和枯れすすき」が流れるのは、当たり前のようにピッタリ。

松田氏と桃井さん、さすがの息ピッタリ。
…なんだけど、自分としてはラストのテーマ曲が流れたほうが良かった気がします。
宇崎竜童さんの絶望感を感じさせるボーカルが響いたほうが、切なかった気がします。

「寝苦しいのよ熱帯夜 誰か、誰か、あたしを眠らせて」幸子が投稿した曲です。
結局、それは英次であり、破滅であったわけですが。
しかし、83年当時は28℃が「熱帯夜」だったんですね。
今は28℃なら、今夜はマシだなって感じですから…。


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俳優さん、ドラマ、映画、CMその他、懐かしいもの、気になるものについて、長々と語っております。

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