木枯し紋次郎、第12話「木枯しの音に消えた」

紋次郎は上州に行く途中の茶店で、原田源左衛門という武士のことを聞いた。
現左衛門には6つになる、しのという娘がいた。
すると茶店のオヤジは、その人は流行り病で半年も寝込んだ末、亡くなったと教えてくれた。
「そうですかい…」。

そこに2人の渡世人が通りかかった。
2人は兄弟で、弟の半次が紋次郎の長楊枝に目を留めた。
もう1人は兄の仙太。
半次は、紋次郎の長楊枝が気に食わないと絡んだ。

稲荷山の兄弟と言えば、少しは通った名だ。
挨拶をしていけと、半次は言う。
だが紋次郎は何も言わない。

風が吹く。
ひゅうひゅうと、音が鳴る。
「何だってそんな、なげえ楊枝をくわえてやがるんだよ!」
半次の苛立った声に対して紋次郎は静かに「これはただの癖ってもんで」とだけ答えて去った。

まるで、かつての思い出の残り香を探すように、紋次郎は道を進んでいく。
それは紋次郎がまだ、今のように木枯し紋次郎と名が通る渡世人になる前だった。
追っ手に追われた紋次郎は、長ドスを手に逃げていた。

左頬を斬られた。
枯葉の積もった山道を這いつくばり、荒い息を吐きながら紋次郎は一軒の家にたどりついた。
気を失った。

今、紋次郎はその家の前に立つ。
家は廃墟だった。
思い出の中、紋次郎は布団の上で目が覚めた。

ドスを手に起き上がる。
幼いしのが怯える。
源左衛門は寝込んでいた紋次郎のことを傷から来る熱だと言って、刀を収めて横になれと言った。

紋次郎はそこで傷を治し、やすらかなひとときを送った。
寝転がる紋次郎。
隣には源左衛門がいる。
その前で、しのが遊んでいる。

「また、楊枝がほしいのか、しの」と現左衛門が言う。
しのがうなづく。
楊枝をくわえたしのが、それを吹く。
まるで鈴の音のような音が響いた。

紋次郎は土地の者に、しのが玉村宿の「た」の字のつく旅籠に売られたと聞いた。
父親を亡くした7歳の子供では、他に生きていく術がなかった。
しのは19になっているはずだが、いまだに旅籠からは離れられないだろう。

紋次郎はしのを訪ねるため、玉村宿へ歩く。
すると、道の先には先ほどの稲荷山の兄弟がいる。
絡む半次に、紋次郎は楊枝を飛ばす。
楊枝は半次の笠を結んだヒモを切り、笠が飛んだ。

カッとなった半次は斬りかかろうとするが、兄の仙太が止める。
自分たちが逃げたと思われたらますますなめられると言う半次に、仙太は自分たちの技を見せておけと言う。
仙太が投げた2つのさいころは、兄弟によって空中で見事に真っ二つにされた。

稲荷山の兄弟2人を相手にすれば命はないと、半次は笑った。
この次会った時は、命のやり取りだ。
半次はけたたましく笑いながら、去っていく。

玉村宿にやってきた紋次郎は、田丸屋を訪ねた。
しのはここを縄張りに持つ親分の巳之吉に身請けされ、今夜は祝言ということだった。
「おでましになりましたよ、おしのさんです」。
店の者に言われ、紋次郎はしのを見る。

『おじちゃん。さよなら』。
去っていく紋次郎に、手をふっていたしの。
その面影を探すように、紋次郎はしのを見る。
しのは紋次郎をちらりと見たが、表情は変わらなかった。

宿場女郎には、遠い夢のような身請け話。
それが決まり、今はしのは巳之吉親分のことしか考えていないと店の者は言った。
だから紋次郎にも気づかないのだろう。

そう言われ、紋次郎は去ろうとした。
すると店の者が飛び込んでくる。
箱田の六兵衛という親分が、稲荷山の兄弟を使って巳之吉に喧嘩状を突きつけてきたのだ。
稲荷山の兄弟の喧嘩の理由は、妹の意趣返しということだった。

稲荷山の兄弟の妹は、村田屋の女郎になっていた。
巳之吉に稼ぎが少ないと病の体で店に出され、兄弟が見つける前に折檻されて死んだ。
稲荷山の兄弟は、それを恨んでいるのだった。
つねと書かれた妹の位牌に酒をかけ、兄弟は泣いた。

巳之吉へ喧嘩状を突きつける、正当な理由ができた六兵衛は、稲荷山の兄弟の復讐に乗じて縄張りを奪うつもりなのだ。
巳之吉が斬られれば、この宿場は六兵衛のものになってしまう。
誰か、巳之吉に力を貸してはくれまいか。
まるで紋次郎にすがるような田丸屋の人の視線を流し、紋次郎は行く。

「ちょいと、ちょいと旅人さん。お前さんだよ」。
道を行く紋次郎に、おとよという女郎が声をかけてきた。
腕組みをしたその宿場女郎は、おとよと言った。

「もしや、おしのって飯盛り女の話を聞きに来たんじゃないのかい」。
「おしのさんのことなら、もう済みやしたんで」と紋次郎は答えた。
「お前さん、何だって、田丸屋へ行ったんだい」。

「『た』のつく旅籠だと聞いておりやしたんで」。
「田丸屋のおしのさんだと、おしの違いなんだよ。お前さんが探しているのは、村田屋のおしのなんだよ」。
ポン、と村田屋の看板を叩いて、おとよはニヤリと笑う。

おとよは、おしのは原田源左衛門という浪人の娘だと言った。
歳も田丸屋のしのと同じ19。
おとよが言うことは、紋次郎が訪ねているしのと一致している。

だが紋次郎は、しのが達者ならそれで良いと言った。
「おしのは達者なもんか」。
おとよは、吐き捨てるように言った。

「おしのは、この世にはいないんだよ。去年の秋に死んだのさ。首、くくってね」
紋次郎が止まる。
「そうだったんですかい…」。

「どうしてあっしが、おしのさんと関わりがあるって見抜けたんですかい」。
「その楊枝よ」。
「お前さんがくわえてる楊枝見て、そうとわかったんだよ。おしのさんがそれと同じような楊枝持ってたんでね」。

おとよは紋次郎に、村田屋では2年のうちに3人の女郎が病死し、2人が首をくくったと言った。
そのために、お上からお咎めがあった。
だから巳之吉は、村田屋を人に譲った。

おしのが首をくくったのも、巳之吉の折檻に耐えられなかったからだろうとおとよは言う。
「そうそう、見せたいものがあるんだよ。おしのさんの形見だよ」。
おとよが出したのは、紋次郎と同じ長楊枝だった。

『おじちゃんも、やってみない』。
しのは、そう言った。
楊枝はしのが吹くと、まるで鈴の音のように鳴った。

「吹いとくれよ」。
「お願いだよ、吹いておくれよぉ」。
おとよがせがむので、紋次郎は長楊枝を鳴らした。
木枯しが泣くような音がした。

「この世にもう1人、楊枝が鳴らせる人がいる」。
生前、しのはそう言っていた。
しのが楊枝を吹くと、鈴の音のように鳴った。
その人が吹くと、楊枝はまるで木枯しのような悲しい音になった。

「その人は左の頬に傷をかばって吹いたから、そんな音になったんだって…」と、おとよは言う。
「どうしてこれを、そんなに大事にしてたんですかね」。
「この楊枝にしか、思い出がないんだって」。

浪人の父親と、しのは見知らぬ土地に流れてきた。
「寂しい暮らしだったんだろうね」。
おとよは膝を抱える。
しのは7つでここに売られ、下働きでこき使われ、14で客をとらせられた。

幼なじみもいない。
「娘時代の色恋沙汰もありゃしないや!」
おとよは、そう、吐き捨てた。

「楊枝の吹きっこして遊んでくれた、その人のこと思い出す時だけ、楽しそうに笑ってたっけ」。
ふっと、おとよは笑った。
「それでどうしても、お前さんと話がしてみたくなったのさ」。

おとよは「あたしはこれがないと夜も日も空けないのさ」と言って酒を飲み、歌を歌った。
「どうだい、飲む気になったかい」。
紋次郎は、じっと見ていた。
そこにけたたましい笑い声を上げながら、半次が馬で田丸屋の店の者を引きずってきた。

半次は男を縛り、自分が乗っている馬で引きずり回した。
見ていたおとよは紋次郎に、巳之吉を助けてくれと言った。
確かに巳之吉は、鬼のような男だ。
しのは巳之吉に折檻されて、死んだのだ。

だが今の巳之吉は、田丸屋のしのがこの地獄から抜け出せる唯一の希望だ。
巳之吉が殺されたら、しのは再び地獄に突き落とされる。
宿場女郎が身請けされ、誰かのおかみさんになる。

それは、夢のような話だ。
宿場女郎には、かなわないはずの夢だった。
それをダメにさせたくない。
だが紋次郎は断った。

「人は人、あっしはあっしと思って生きておりやすんで」。
それを聞いたおとよは、目に涙を浮かべ「お前さんって人は」と絶句した。
紋次郎は、すっくと立ち上がった。
「待っとくれよ」。

村田屋と田丸屋のしのは、しのという名前が同じなのも何かの縁だ。
田丸屋のしのを助ければ、村田屋のおしのの供養にもなるじゃないか。
悲壮なおとよの声が響く。
だが紋次郎は、3百文を置いて立ち去った。

「酒代なんかいらないよ!商売しようと思ってお前さん引っ張り込んだんじゃないんだよ!」
おとよは叫び、銭を紋次郎に向かって投げつけた。
そして哀しそうに言った。
「お願いだよ、紋次郎さん…」。

街道を行く紋次郎。
風が吹く。
うなりをあげる。

突如、紋次郎は道を外れた。
走る。
川原では、稲荷山の兄弟が巳之吉をなぶり殺しにしていた。

紋次郎は走る。
「何でえ、てめえは」。
「巳之吉の助っ人か」。
六兵衛の配下が、すごむ。

「こぉの野郎、巳之吉、思い知ったか!」
巳之吉は稲荷山の兄弟に刺され、絶命した。
半次が紋次郎に気づいて、近づいてくる。
今度会った時は、命のやり取りだと半次は言った。

紋次郎は言う。
「おめえさんたちを、あの世に送らなきゃいけねえ」。
「何だってえ?」
半次が目をむいた。

仙太が聞く。
「巳之吉に義理でもあるのかい」。
「何もありゃしねえ」。
「するってえと、宿場の奴らに金もらって頼まれたってやつか」。

「巳之吉に死なれたばっかりに、生涯に一度、あるかねえかの幸せをフイにして、地獄に逆戻りしなきゃならねえ飯盛りがいる」。
「おしのって女か。おしのって、おめえの何だ」。
仙太の声には、笑いが含まれていた。

紋次郎は2人と向かい合う。
「だがな紋次郎。俺たち兄弟の息が合った時にゃあ、おめえの腕も思うようには通用しねえぜ」。
稲荷山の兄弟はすれ違い、位置を入れ替える。

『兄弟は同時に行動する。
1人で2人に対して同時に攻撃をしかけるのは、無理だ。
攻撃の方法があるとしたら、同時に攻撃をしたと2人に思わせることだったが、成功率はきわめて低い』。

仙太と半次が、長ドスを抜く。
紋次郎もまた、長ドスを抜いた。
そして突如、半次に向かって、ドスの紅い鞘を投げた。
鞘は半次にぶつかった。

半次は長ドスの鞘に向かって、ドスを振った。
紋次郎は、走る。
斬りかかってきた仙太を刺し、半次もまた刺す。
2人の兄弟は、紋次郎の腕の両側で崩れ落ちるように倒れた。

静けさが戻る。
紋次郎が川の水で、ドスを洗う。
鞘に収める。

ふらふらと、田丸屋のしのがやってくる。
おとよも来ていた。
川原で、黙って座り込んでいた。

田丸屋の「しの」の髪は乱れ、着物の肩もすそも乱れていた。
巳之吉の遺体の前で呆然と立つ。
目は虚ろで、焦点が合わない。

紋次郎が、長楊枝を鳴らす。
木枯しのような音が響く。
おとよが、楊枝をくわえる。

ピー。
おとよの楊枝が鳴った。
その音はまるで、鈴の音のようだった。

去っていこうとする紋次郎の背中で、おとよが涙ぐんでいる。
「おしのさん」。
紋次郎は振り返らずに、声をかけた。
「おしのは死んだよ」。

おとよ、いや、「しの」が言った。
「紋次郎さん、あんたの知ってるおしのの、綺麗な思い出だけを持ってとくれよ」。
紋次郎は振り返らない。
「おめえさんのことは思い出しもしねえが、忘れもしやせん」。

おとよが涙を目にためて、紋次郎を見送る。
枯れた野を、1人、紋次郎が行く。
夕暮れが迫っていた。

『木枯し紋次郎』
『上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれたという』
『10歳の時に故郷を捨て、その後一家は離散したと伝えられる』
『天涯孤独の紋次郎が、なぜ、無宿渡世の世界に入ったかは、定かでない』



いやいや、切ないです。
おとよ、「しの」は、十朱幸代さん。
腕組みして、すっかり人生投げちゃった態度と口調。

時折そこに哀しみが混じる。
7つで売られ、散々こき使われて14歳で店に出されて。
父親と知らない土地で、幼なじみもいない。
娘時代に、恋もできなかった。

そしていつ、ここを抜け出せるかわからない。
おそらく一生、抜け出せないだろう。
そりゃ人生投げますよね…。

でも紋次郎には声をかけずにはいられなかった。
楽しかった、唯一の思い出。
唯一の友達。
いや、紋次郎が初恋だったのかもしれない。

会いたい。
しかし、自分の今を見せたくない。
だから「しの」は死んだと言った。

見ているこちらには、おとよが「しの」を語るうち、「この人が紋次郎の捜す、『しの』じゃないの?」ってわかって来る。
私たちがわかるんだから、紋次郎にわからないはずがない。
結局、紋次郎は義理も恩もない巳之吉を助けようとして走る。

それは稲荷山の兄弟に語った、「しの」の幸せを壊したのが理由だった。
でも正確には、村田屋のおとよ、つまり、「しの」の願いだったからだ。
本当は、「しの」に幸せになってほしかった。

だがそれは無理だ。
だから、「しの」が同じ名前の女郎に幸せになってほしいなら、その願いをかなえてやりたい。
時すでに遅く、巳之吉は殺されてしまった。

だから稲荷山の兄弟を斬る。
「しの」のために戦う。
それが、田丸屋の「しの」のためでも。

巳之吉は、ほんとは自業自得なんでしょうね。
稲荷山の兄弟が泣いているのは、結構かわいそう。
しかし、やっぱり斬った方がいいんじゃないか。
こやつらは、人を不幸にするだろう。

そう思わせるのは、半次のけたたましい笑い。
紋次郎に絡む執拗さ。
ボサボサの髪にバンダナ、目がチカチカするような着物という危なさ。
荒木一郎さんがうまいです。

さらに、自分たちを高く売りつけたいと言う仙太の計算高さ。
冷徹さ。
こちらは戸浦六宏さん。

結局、「人は人」と言っていた紋次郎は、やり合う理由がない稲荷山の兄弟と斬り合う。
これが渡世ってもんでしょうか。
だから紋次郎は、あんまり人と関わらないようにしてるんだろうな。
やっぱり、人のために戦っちゃうんだけど。

やってきたおとよが思わず、楊枝を鳴らす。
どうしても、どうしても会いたかったんだろう。
でももう、紋次郎と遊んだあの頃には戻れない。

「おしのは死んだよ」と言う。
死んだも同然だ。
「綺麗な思い出のおしのだけを、持っていってくれ」。

それに対して紋次郎。
「思い出さない」。
「でも忘れない」。

最後に会った、宿場女郎になっていたしののことを考えたりしない。
でも、思い出の中の「しの」を忘れたりしない。
今の、「しの」を汚れてしまったなどと思わない…。

だけどそんなこと、「しの」に言ったって救えない。
見られたくなかった、でも会いたかった。
そんな、「しの」にはこれは最高の答えだったんじゃないでしょうか。
いや、これしか、なかった…。

最後、田丸屋の「しの」は、気が狂っているようだった。
それはもう、夢を見ただけに耐えられない。
村田屋の「しの」は、紋次郎との思い出だけを抱えて何とか生きていくだろうか。
いけるのだろうか。



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