昨日と言う日のねえあっしには 「続・木枯し紋次郎」

「おいっ、そこの三下っ!耳がないのかよっ!おいっ。何とか言えってんだよ!」
女の怒鳴り声が響く。
野次馬が集まってくる。

おもしろそうな顔を露骨にした男、軽蔑のまなざしの女。
その先に酒でべろべろに酔った女と、それを止めようとしている妹がいた。
「姉さん」。
「うるさいね!」

姉さんと呼ばれた女は、お鶴。
妹は、お縫といった。
先ほどから紋次郎に絡んでいるのだ。
「あたしにゃ返事もできないってのかい!どうなんだい!うんとかすんとか、言ったらどうなんだい、この唐変木!」

「姉さん、いい加減に」。
「うるさいね!お前なんか出る幕じゃないよ!」
「旅がらす、声を賭けられたら返事ぐらいしたら、どうなんだい」。

だが紋次郎は黙々と、そばを食っている。
「ふん、ちくしょう。女だと思ってなめやがって!それとも何かい、このお鶴さんが年増なんで心底バカにするつもりかい!」
「姉さん」。

妹が心底、困惑した表情でとめようとする。
「うるさいね!何とか抜かせって言ってんだよ!」
お鶴が着物の裾を乱して、紋次郎を蹴った。

その拍子に、紋次郎の太ももにそばが掛かった。
周りの人間が息を呑む。
しかし紋次郎は平然とそばを食べ終わると、長楊枝をくわえ、立ち上がった。

「えい!」
今度はお鶴は、酒を撒き散らした。
「姉さん!」

「さあ怒れ、悔しかったら怒ってみな!」
だが紋次郎は、お鶴を見ることもしなかった。
「人を小ばかにしやがって。畜生、怒る気もないのかい!」

お鶴はますます苛立ち、地面に持っていた徳利を叩き付けた。
徳利が割れて、紋次郎の足にその破片が刺さった。
さすがに紋次郎の表情が、しかめっ面に変わった。

「さあどうだい、怒ってみな!怒る気になったかい!怒る気になったらこのあたしを、どうにでもおしよ、さあ!」
「殺しておくれ!一思いにざっくりやっておくれよ!」
紋次郎が初めて、口を利いた。
「そんな死にてえなら、川へでも身を投げたらどうですかい」。

お鶴はますます、頭に血が上った。
「何言ってんだい、女1人斬る度胸も持ち合わせていないのかい!」
そう言うとお鶴は、紋次郎の足元に座り込んだ。

「あっしは、女子供を斬るドスは持ち合わせていねえで」。
そう言って、足に刺さった徳利の破片を取る。
傷口から、血が流れた。

「ふん、じゃ、何かい。相手が女だったら、どんなことされたってドスは抜かないってのかい!」
「ごめんなすって」。
紋次郎は立ち去ろうとする。

するとお鶴は「殺してくれって頼んでるんだよ」と、紋次郎の足にしがみついた。
「堪忍してやってください」。
妹のお縫が詫びる。
「姉さん、嫁ぎ先からわけもわからず追い出されて、ヤケになっているんです」。

「あっしには、かかわりのねえことで」。
紋次郎の顔が、笠の中に隠れる。
お鶴は泣き崩れた。
妹のお縫は、遠ざかる紋次郎の後姿をじっと見詰める。

次の朝、早発の紋次郎は宿の女中にどこへ行くのか尋ねられた。
「当てのねえ旅さ」。
女中は松山道の街道は避けたほうが良い、渡世人は目の仇だからと言う。

「珍しいこっちゃねえ」。
すると女中は、そうではないと言った。
駒川の大谷村の利助親分の身内が、何のゆかりもない者を10人殺したのだ。

それも大抵の殺し方じゃない。
耳をそいだり、ずたずたにして殺している。
それを聞いた紋次郎は、違和感を覚えた。

大谷村の利助という親分は、たいした器量の親分だと聞いている。
その親分が、素人相手にそんなことをするものだろうか。
女中が言うには、利助には八五郎、仙造、吉兵衛の3人の代貸しがいる。
その中の誰かが、やらせているらしい。

「代官所には訴えねえのか」。
女中は、10人が10人、誰にやられたかはっきりとした証が立てられなければ、代官所は動かないと言う。
紋次郎がこれから行く埼玉県駒川の天領は、幕府直轄の領地だ。
代官所のような警察力は、ないに等しかった。

紋次郎が街道を行くと、人だかりがしていた。
そこにはお花という、15になったばかりの娘が、無残に殺されていた。
紋次郎が通りかかると、百姓たちは憎悪の視線を向けた。
だが紋次郎は、スタスタ歩いていく。

その先に、昨日の姉妹がいた。
お鶴は駕籠に乗せられて、眠りこけていた。
紋次郎に気づいたお縫が「旅人さん。昨日はすみませんでした」と言った。

「旅人さんに散々悪態ついて。今朝こんなざまなんですよ」。
お縫は、駕籠の中で眠りこけているお鶴を見せた。
紋次郎はちらりと見て、「よほど急ぎ旅のようですね」と言った。

「女連れが渡世人の足より先とは、夜旅をなすったんでございますね」。
お縫の顔色が、わずかに変わったように見えた。
だがすぐにニッコリと笑みを作り、「ここらの風は渡世人には冷たいところです。早くお戻りになったほうがいいですよ」と。
紋次郎は頭を下げた。

その先で、2人の渡世人が百姓を殺していた。
「何も見なかったことにしちゃくれねえか」。
兄貴と呼ばれた男の方が、紋次郎にそう言った。

「大谷の利助親分のお身内衆ですかい」と、紋次郎が言う。
「どうやら、11人目の死人が出たようですね」。
それを聞いた2人は、目の色を変えた。

「兄貴、こいつは生かしておいてはいけねえ」。
2人は襲い掛かってきた。
しかし紋次郎はあっさり2人を交わすと、ドスを弾き飛ばした。
ドスは、兄貴分の足の間に刺さった。

2人は震え上がった。
「何も見なかったことにいたしやしょう」と紋次郎は言った。
「あっしの知ったこっちゃねえからですよ!」
紋次郎は合羽を翻して、去っていく。

夜の峠越えにろうそくが切れたので、紋次郎は一軒の百姓家に声をかけた。
だがそこの家の女房とせがれが、渡世人に殺されていた。
大谷の、利助親分の身内の仕業だ。
誰も見たわけじゃないが、そうだろう。

とても成仏できそうにもない、むごたらしい殺され方だった。
その家の主人はまだ葬式を出すこともできず、渡世人の姿を見ただけで殺してやりたくなると言った。
紋次郎は頭を下げて、立ち去った。

翌日、2人の年寄りが家から引きずり出され、殺されているのが見つかった。
南の村の百姓たちは集まり、こうなったら、自分たちで渡世人を殺すしかないと言った。
そこに紋次郎が通りかかった。

手に鎌や鋤や鍬を持った百姓たちだが、紋次郎のドスを見てひるんだ。
この騒動を昨日、殺しを紋次郎に目撃された男2人が、草むらに潜んで見ている。
紋次郎は言った。
「ドスを抜くつもりはござんせん」。

「だまされるんじゃねえ。ドスを抜かねえはずがねえ!」
「案ずることはござんせんよ。手向かいは、いたしやせんからね」。
「どうしてだ!」
「堅気衆に向かって抜くようなドスは、持ち合わせちゃいませんよ」。

「これでもか!」
弥吉と呼ばれている、昨日、殺された娘の前で泣いていた男が鎌で切りかかった。
鎌は紋次郎の肩口を斬った。

「どうせ、いつかどこかでなくす命でござんす。別に惜しいとは思いやせん」。
「ようし、殺してやる!」
だが紋次郎は、次の攻撃はかわした。

「わけもわからず、命を捨てるのだけはあっし、ごめんこうむりやすぜ」。
年かさの百姓が、弥吉を止めた。
本当にこの男は、何も関係がないようだ。

その年かさの男が言うには、ことの起こりは、半月前の渇水による水騒動だった。
渇水も水害も農作物のできに関わるため、農民にとっては生死を分けることになる。
そのため、水害には堤防が築かれ、渇水には堰と用水口が作られている。

しかし用水口の閉鎖と開放に伴い、利害が異なる地域が出る。
北の地域とこの南の地域で、水による争いが起きた。
その日の騒動では、死人が出た。

死んだのは庄屋の次男坊で、半七という男った。
利助親分から盃をもらって、子分になっていた。
この男が水騒動を眺めていて巻き添えになったのだ。

だから利助が意趣返しのため、南の村の百姓たちを襲っているのだと、その男は教えた。
しかし、紋次郎はおかしいと言う。
親分のために子分が意趣返しをすることは、ある。

だが、渡世の道にかかわりにないことで殺された子分のために、親分が意趣返しをすることはありえない。
まして、素人相手だ。
だいたい、大谷の利助親分は、そんな男ではないはずだ。

紋次郎はそう伝えるだけ伝えると、去っていく。
するとあの2人が様子を伺いながら、ついてくる。
2人は山道で、紋次郎の前に2人は立ちはだかった。

「何か御用でござんすか」。
「おめえ、南の百姓たちに何をしゃべった!」
「おめえさん、『何も見なかったことにいたしやしょう』と言ったんだぜ」。
「渡世の義理、欠きゃしねえだろうな!」

「ご覧の通りの手傷を負ったのも、おめえさんたちのおかげだ。今度はあっしもドスを抜きやすぜ!」
2人は斬りかかってきたが、紋次郎の相手ではなかった。
あっさり兄貴分は叩き伏せられ、弟分もドスをはじかれてうずくまった。

「ツラ、あげろ!」
紋次郎にドスの先を突きつけられ、弟分は震え上がった。
「利助親分は、お達者なんですかい」。
すると親分は去年の夏、倒れ、いまだに体の自由も利かないし、口も利けなくなっていると弟分は答えた。

利助には、3人の代貸しがいた。
では14人を殺したのは、3人の代貸しなのか。
しかし、おかしい。
跡目を継ぐのは、3人のうちの誰かだ。

たった1人しか跡目を継げないというのに、3人が一致して百姓を殺すとはわからない。
弟分は、「できるだけ百姓をむごく、多く殺した者が跡目を継ぐことになっている」と教えた。
どこのどいつが、そんなことを決めたのか。
「そいつは…、実は」。

その時、兄貴分が背後から紋次郎にドスを突き刺そうと突進してきた。
紋次郎がひらりとかわしたので、ドスは弟分に突き刺さった。
叫び声をあげて、兄貴分が逃げていく。
紋次郎は置いていったドスを拾い上げ、投げた。

ドスは兄貴分の足に刺さった。
必死でドスを抜き、兄貴分は走ろうとした。
「うわああああ!」
兄貴分は足を踏み外し、崖から落ちていった。

同じ頃。
お鶴が、こっそり、水車小屋に向かって歩いていく。
見張りがうとうと眠っているのを見ると、お鶴はこっそり水車小屋に入った。

水車小屋の中で痛めつけられて傷だらけになった男に向かって、お鶴は抱きついた。
「由蔵、会いたかった…!」
「お鶴」。

お鶴は南の百姓である、この由蔵のところに嫁に行ったのだ。
しかし半七が水騒動の巻き添えにあって殺されたため、由蔵が関わっていると思った吉兵衛たちが家に押しかけてきた。
逃げろと言われてお鶴は逃げた。
だが、妹に追いつかれてしまったのだ。

大谷村に引き戻されそうになったお鶴は、何とか逃げ、ここに来たのだ。
お鶴は由蔵に一緒に逃げようと言うが、由蔵はもう無理だと言う。
半七を殺した奴を白状させようと由蔵は捕らえられ、責められた。
でも、誰が半七を殺したのか、あの大混乱の中ではわからない

お鶴は水車小屋を出ると眠りこけている見張りを殴り、由蔵と一緒に逃げ出した。
神社の祠の中にいる紋次郎が気配に気づくと、お鶴と由蔵が入ってきた。
「あの時の旅人さん」。

由蔵が倒れる。
紋次郎が、由蔵を奥に連れてきてやる。
「あんたぁ…」。
由蔵の頭をいとおしそうに抱えるお鶴に、紋次郎は薬をやった。

「助けてください」。
実はあの茶店で紋次郎にお鶴が絡んだのも、助けてもらえたらと思ってやったのだ。
「助けてもらいてえ?誰から?」
「あの…」。

「おめえさん、堅気の育ちじゃなさそうだね」。
「私は、利助の娘です」。
「利助親分の?」

追っ手がやってきた。
紋次郎が出る。
追ってきた男は、八五郎と名乗った。
代貸しの1人だ。

夫婦連れを見なかったかと聞かれた紋次郎は、知らないと言う。
さらに代貸しの仙造が名乗った。
「祠の中を改めてえんだ、そこをどいてくれ」。
「旅がらすには関わりのねえことずら。変に意地を張ってると命を落とすぜ」。

「関わりねえとは言わせねえぜ!」
紋次郎が鋭く叫んだ。
「大谷のお身内衆が堅気相手の外道のおかげで、難儀な旅をしやしたぜ!」
「てめえは!」

仙造たちが殺気立つ。
斬りあいになった。
紋次郎は地面を転がり、合羽を翻しながら、応戦する。

両脇を押さえられた紋次郎に向かって、八五郎が突進してきた。
八五郎のドスは、紋次郎の顔の横、左側の壁に刺さった。
紋次郎は2人を振り切り、転がり、ドスを突きたてようとした八五郎を刺した。

お鶴と由蔵が見つかり、捕まりそうになる。
紋次郎が2人を逃がしながら、戦う。
十数人相手に戦う。

必死に逃げるお鶴だったが由蔵が力尽き、倒れる。
子分たちがやってくる。
由蔵は刺された。

「あんた、あんた!」と叫ぶお鶴を由蔵から引き剥がし、紋次郎は逃がす。
紋次郎に襲い掛かった仙造が、紋次郎にバッサリ斬られた。
吉兵衛と、3人の代貸しが斬られたため、子分たちは恐れをなして逃げていく。

その時、ふらふらとお鶴が水車小屋から出てきた。
お鶴は、ばったり倒れた。
水車小屋の戸が開き、妹のお縫が出てきた。
お縫は手に、ドスを持っていた。

「駒川の南に住んでいる百姓たちに、意趣返しをするようにと、八五郎仙造吉兵衛の3人に指図したのは、このあたしさ」。
お縫の声は冷たかった。
「あたしたちは利助の娘だよ」。

はあはあと、姉が苦しそうにあえぐ。
「おとっつあんが役立たすになってからの一家は、あたしが取り仕切ってきたんだ」。
「水争いで殺された半七って野郎は、おめえさんと良い仲だったってわけですかい」。

「ふぅん」。
お縫は鼻で笑った。
「察しがいいじゃないか。そうだよ」。

「あたしゃ、半七に死ぬほど惚れてたんだ。いずれは夫婦になっただろうね」。
今まで薄笑いを浮かべていたお縫の顔が、夜叉のようになる。
「その大事な半七を、なぶり殺しにされたんだから、あたしが意趣返しに女の執念賭け立っておかしくないだろう」。
お縫の目が冷酷に光った。

「おめえさんもう、14人も殺してるんだぜ!」
「むごいと思うだろう」。
お縫は、ふっと笑った。

「だけど女はもともと、むごいもんなんだよ」。
「惚れた男のためなら、どんなひどいことだってできる…」。
そう言うと、お縫は姉を刺し殺した。

「実の姉さんじゃねえんですかい!」
「ああ。実の兄弟だよ」。
お縫の顔は、どこも痛みを感じていない顔だった。

「だけどこの女は、南の百姓の女房になってたんだ」。
「亭主が半七殺しに一枚加わってたらしく、あたしが話を聞きに行くと知って、逃げ出しやがったんだ」。
「だから甲州まで追って、連れ戻したんだ。それなのに亭主に心中立てしやがって」。
お縫の口調は、憎しみに満ちていた。

「あたしは南の奴らは、どんなことをしたって許さない」。
「もう、忘れてやりなせえ!3人の代貸しもいなくなったんだ」。
「冗談じゃないよ。まだ殺したりずにいるんだからね。あたし一人になっても、半七の意趣返しは続けるつもりさ」。
「それとも、おまえさんにやめさせることができるとでも言いたいのかい。まあ、無理だろうね」。

お縫はバカにしたように、笑った。
「やめさせるには、あたしを殺す他ないんだ。ところがお前さんは、どんな相手だろうと女を殺すドスは持たないって言うんだから」。
紋次郎は背を向けながら言う。

「おめえさんに向かってドスは使わねえが、おめえさんが死なねえとは限らねえんだぜ」。
「寝言いうんじゃないよ」。
お縫は嘲った。
そして紋次郎の背後から、ドスを構えて刺そうとした。

紋次郎は、お鶴に刺さったドスを自分の長ドスの先で拾った。
お鶴に刺さっていたドスが宙を舞い、お縫の胸に刺さった。
「ううっ!」

よろよろとよろけたお縫は、水車に背中をぶつけた。
水車は鈍い音を立てながら、回り始めた。
お縫はドスを落とした。

水車が軋みながら、回る。
お縫の着物の帯が、水車に巻き取られていく。
同時にお縫が水車に向かって、引き寄せられる。

帯が水車に巻き取られていく。
水車に帯をすっかり取られたお縫は、くるりと回転して倒れる。
苦しい息の下、倒れた拍子に落ちたかんざしに向かって這っていこうとする。

そして紋次郎に向かって聞いた。
「お前さん、名は何て言うんだい」。
「木枯しの紋次郎と申しやす」。

「確かに自分のドスは使わなかったけど、お前さん、女を殺したことに間違いはないんだよ」。
お縫が恨みがましい声で、言う。
「木枯し紋次郎が…、…、すぐそのことを忘れられれば…、いいんだけどね」。
お縫の顔色が青くなっていく。

「あっ、ああ」。
息が苦しくなる。
お縫が紋次郎を見上げる。

紋次郎が言う。
「昨日と言う日のねえあっしには、忘れられねえことなぞ、ござんせん」。
それを聞いたお縫に、絶望の表情が浮かんだ。

かんざしに向かって、手を伸ばす。
届かない。
遠い。

こんなに近いのに、届かない。
お縫の顔が歪む。
「これは…半七に…もらったもんなんだよ」。
哀しそうな顔をして、這おうとする。

紋次郎が、楊枝を鳴らす。
ふっと、吹く。
楊枝は、かんざしに当たった。
かんざしが飛び、お縫の手がかんざしに届く。

お縫はかんざしを握り締めると目を閉じ、倒れた。
水車は軋みながら、回っている。
もう誰も動かない。
山の上に見える夕日が美しかった。

薄闇の中、紋次郎は、そこを離れる。
歩いていく。
足元の大地は、乾いてひび割れていた。

ふと、紋次郎は立ち止まる。
どこもここも、ひび割れていた。
それを見上げ、紋次郎は辺りを見回す。
カラスがたくさん、山の上に飛んでいる。

山には頂上以外、緑がなかった。
紋次郎は1人、歩く。
その緑のない、山の上を歩いていく紋次郎の姿が遠くなる。

『木枯し紋次郎』
『上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれた』
『10歳の時、故郷を捨て、一家は離散したと伝えられる』
『天涯孤独の紋次郎が、なぜ、無宿渡世の世界に入ったのかは定かではない』



紋次郎に忠告する女中さんは、樹木希林さん。
この人と話す時の紋次郎はまるで、小さい頃から知ってる幼なじみと話してるよう。
礼儀を失わず、相手とちゃんと距離をとっている紋次郎にはめずらしい砕けた口調。
紋次郎って親しくなるとこんな感じなんだって、思いました。


お鶴は、稲野和子さん。
「必殺仕業人」では、息子の仇と主水の家に押し込む盗賊の女首領でした。
処刑された息子の生首を抱いていて、すごい迫力だった。
他にも「仕置屋稼業」で、主水に油の樽に押し込められて刺されたり。

たまにかわいそうな役もやっていましたが、切れ長の目が妖艶なんですよね。
だから悪女がすごくお似合い。
ここでも裾を乱して紋次郎に絡むのを、男性たちが注視しています。

妹のお縫は、大原麗子さん。
酔っ払って暴れる姉に困り果てた、いじらしそうな娘。
それがラストは、凄絶なまでの悪女の顔になる。
稲野さんの蓮っ葉な口調から、稲野さんが悪女かと思ったら。

大原麗子さんといえば、あの有名なCM。
あのような、ちょっとすねるとかわいい、けなげな女性役が似合う。
それが3人の代貸しを操り、罪もない人たちをなるべくたくさん、残忍に殺すよう仕向ける悪女とは!

あの美しい顔で悪を演じると、もう凄絶ですね。
アーモンド型の美しい瞳も、通った鼻筋も、形の良い唇も、とてつもなく冷たく感じるからすごい。
倒れた父親の代わりに一家を取り仕切ってきたというと、凄みのある姐さんに見えるからすごい。

そしてとてつもなく、美しい。
3人の代貸しが迷うのも、無理はない…。
だが紋次郎は、何となく見抜いていた感がある。
女の足で、自分より先に来ていることを指摘した時、お縫にちらりと別の顔が見える。

最後はお縫は、姉のお鶴を殺す。
女はもともと、むごいものと言いながら。
お縫には、姉の気持ちがわかる。

自分もそうだから。
姉もそうなんだろう。
だから許せない。

お鶴もお縫も、一途な姉妹なんだろう。
2人は似ている。
愛情が深く、自分が好きになった男をすべてにおいて、善悪より優先するのだろう。

死んでいる由蔵から離れないお鶴が、それを物語っている。
瀕死のお縫が這っていく、そこにはもう、悪女の面影はなかった。
ただの、死ぬ前に何とか、愛しい人のくれたかんざしにたどり着きたいだけの女がいた。

この姉妹の親の利助親分も、きっと良い人なんだろう。
姉妹で殺しあって、2人ともいなくなっちゃって。
代貸しもいなくなって、動けない口も利けない利助親分はどうなっちゃうんだろう。

ところでこの回の紋次郎、あっちこっちで理由なく絡まれすぎ。
襲われすぎ。
迷惑かけられすぎ。

それでもお鶴と由蔵を見て、とっさに察して運んでやり、薬までくれる紋次郎。
あっしにはかかわりねえから!って言いながら、とんでもなく親切。
正式な剣術など知らない、ケンカ殺法って言うけど、あれだけの大人数を相手にして生き残るんだから、相当強いよね。

最後の空しいこと。
美しい夕日が、山の上に見える。
倒れているお縫と、お鶴と、紋次郎が暗い影になる。

紋次郎が歩いていく。
今回の騒動のきっかけになった、渇水。
紋次郎の足元の地面が、ひび割れている。
ふと、辺りを見る。

どこもかしこも、ひび割れた大地。
紋次郎だって、貧農の家に生まれたなら、これがどういうことかわかる。
お縫は悪いけど、お縫がああなったのも、お鶴がこうなったのももともとは渇水のせいだ。

山の上をたくさん飛んでいるカラスが、まるでここは死の土地だといわんばかり。
頂上以外に、緑もない。
不毛の大地。

紋次郎は1人、歩く。
緑のない山の上を紋次郎が歩いていく。
初めて見た時、とてつもなく、空しく、やりきれないラストシーンが忘れられなかったです。


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ちゃーすけ

Author:ちゃーすけ
癖の強い俳優さんや悪役さん大好き。
俳優さん、ドラマ、映画、CMその他、懐かしいもの、気になるものについて、長々と語っております。

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