こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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どれだけ親しかったかという、人間側の思い

養老孟司先生の、養老研究所の営業部長には猫のまるちゃんが就任しています。
「猫はひとつの作品として考えると、完成されていますね。まず、獲物を捕る動物として機能的にできている」。
「もうひとつ、かわいいという心理的な面で、無駄がない。過不足がないんです」。
「過剰に寄ってこないし、それっきりということもない。つかず離れずの距離感が絶妙です」。

これはね~、人間にはなかなかできないことなんですよね~。
「こちらのことを全然気にしていないかといえば、そうでもない。全体の判断がうまいんでしょうね」。
ああ、やっぱり野性が残っている動物だから、判断はうまいのかもしれない。

「以前、サルを飼っていた時、子猫が来たらサルが子猫を抱いて離さなくなってしまった」。
そういえば、麻布に出没したサルも、心配する母猫をよそに、子猫を抱っこしに毎日現れていましたね。
「見た目にかわいいし、抱きしめて気持ちが良いんでしょうね」。

「猫にはそうした、完成されたかわいらしさが備わっているんです。動物は大人になると親離れするんですが、子供の時期を延ばしたのが飼い猫じゃないかと」。
これは良く言われることですね。
飼い猫は、親離れしない子猫だと。

でも子供の時期をどんなに延ばしても、やがては猫は年を取り、別れの時期を迎える。
そのことを養老先生は言う。
「まるの前に飼っていたチロは、18歳で死んだんです。チロは元日になくなりました」。
「死ぬ前の日、真冬の寒い夜に、頑として外に出たがるんです。ヨロヨロで歩けないのに、外に出ようとする」。

去年の夏、庭に住み着いた野良猫・左膳もヨロヨロなのに、外に出たがった。
「しかたがないから、娘が毛布を敷いた箱に入れて、外に出してやった。それが最期。死ぬ時は、静かに逝きたかったんでしょうね」。
「それに対して悲しんだり嘆いたりするのは、人間側の思いです」。

「『死』って、実は『知』なんですよ」。
「赤の他人が死んでも、痛くも痒くもない。名前と顔を知っている人が死んでも、『あの人、亡くなったんだ』と思う程度です」。
これは言い過ぎのようでいて、私に経験がありました。

父が亡くなった夏、夏休みが近づいてきた時、一緒に働いている人が「海行くんですかぁー?!」って聞いてきた。
「ダイビングするんですかぁー?!」って。
そうか、そのぐらいの認識なんだなって思いました。

でも彼女もいつか、わかるかもしれないんだなって思いました。
同じようなことされたとしても、私に言ったことは忘れてるかもしれない。
私だって、わかっていないだけで同じようなことをしていたのかもしれない。
残酷なようだけど、そのぐらいの認識なんだとわかりました。

しかし人間は、経験によって人の気持ちを推し量れるようになる。
自分がそれでちょっと傷ついたなら、今度は同じようなことが人に起きたら、思いやれることはできるだろう。
それが大人になるということなんだ、と妙なことを考えていました。

さて、養老先生。
「死に意味がついてくるのは、二人称の死だけです」。
「それ以外の死は一見あるようで、具体性がない」。

「一人称の死も、本人にはわからない」。
「ペットの死の悲しみは、その動物とどれだけ親しかったかという人間側の思いです」。
本当にそうだと思う。

「猫の方は、何とも思っていないかもしれない」。
「だって、毎日寝ているじゃないか。目が覚めないだけだよ。ってね」。
「永遠の眠り、っていうじゃないですか」。
どれだけ親しかったかという人間側の思い。

思いが深ければ深いほど、悲しい。
悲しみの深さは、思いの深さ。
愛情の濃さ。
やっぱりペットロスというのは。永遠の課題です…。


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Comment

猫の最期
編集
私が小さい頃、田舎ではどこの家でも犬と猫を飼っていましたが、
今のような完全室内飼いの家はほとんどなく、
放し飼いで猫もお腹がすいたときや寒いときだけ
家の中へ入ってきたような気がします。
コタツで丸くなったり、背中にのってきたり、
可愛らしく甘えてきましたが、
外ではハンティングをする野生的な面も見せていました。
猫の最期は見たことがありません。
弱くなって、死期を悟るとどこかへ消えていたのでしょう。
猫は死んだ姿を見せない、とそのころは言われていました。

現在、同居中の猫は2匹で、
三毛猫は賢いから、
最期はどこかへ消えていきそう。
茶トラは甘えん坊だから、最期はミャーミャー鳴くかな。
想像したくないな。
猫のほうは、「眠ったきり、起きないだけよ。」
って、ケロッとしているかもしれないけれど。
想像したくないな。

さて、今夜は、スペシャリスト題4話です。
お楽しみに。
2016年02月04日(Thu) 20:18
パイナップルさん
編集
>パイナップルさん

こんばんは。

>今のような完全室内飼いの家はほとんどなく、
>放し飼いで猫もお腹がすいたときや寒いときだけ
>家の中へ入ってきたような気がします。

私が子供の頃は、猫は家の中から出さないもの、なんて考えもしませんでした。
猫は外にいて、用事がある時だけ来るものでした。
血統書付きの猫は外に出さないと聞いて、へーと驚きました。

犬も外の犬小屋にいるものでした。
番犬と言われてましたし。
最初に大きな犬を家の中で飼っている家を見た時は、驚きました。

>猫の最期は見たことがありません。

私が幼稚園の時にいた猫は、当時としてはめずらしく、家で死にました。
ほんとにめずらしかったと思います。

>猫は死んだ姿を見せない、とそのころは言われていました。

言われてましたね。
実際に父親が飼っていた猫は、いなくなったそうです。

>現在、同居中の猫は2匹で、
>三毛猫は賢いから、
>最期はどこかへ消えていきそう。
>茶トラは甘えん坊だから、最期はミャーミャー鳴くかな。
>想像したくないな。

考えただけでつらいです。

>猫のほうは、「眠ったきり、起きないだけよ。」
>って、ケロッとしているかもしれないけれど。
>想像したくないな。

最近、「猫の言い分お伝えします」という本を読みました。
猫の心、いえ、動物の心が読めるヒーラーの方が書いた本なんですが、人間が考えるようなことはあまり考えないみたいなんですね。
もっともっと、飼い主のことだけ考えてるみたいで、切ない。

>さて、今夜は、スペシャリスト題4話です。
>お楽しみに。

おもしろかった~!
見事に騙されました。
毎回楽しみです。

コメントありがとうございました!
2016年02月07日(Sun) 22:13












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