神は降臨した、そして言った 「重版出来!」

火曜日夜10時、TBSで放送している「重版出来!」
主演の心ちゃんを演じる黒木華さん。
地味な女優さんなのかもしれませんが、とってもうまくて良い女優さんだと思います。

このドラマ、出ている俳優さんが自分の好みの方ばかり。
実際、実力ある俳優さんが、のびのび楽しく演じているように見えます。
その中に黒木さんがうまく溶け込んで、誰が誰の邪魔にもならず、気持ちよく見ています。
特に今回、第5話は良かった。

編集部の五百旗頭は、最近、常に誰かの視線を感じている。
ストーカー?
真相は、五百旗頭の優秀さ、人柄に魅了された心が、手本にするべく観察しているせいだった。
その五百旗頭は、社長の久慈を人生の目標としているのだった。

社長の久慈勝の家は賃貸で、電車で通勤している。
酒も飲まず、ギャンブルもせず、タバコも吸わず、遊びらしい遊びはしない。
久慈は時代に取り残されたような、炭鉱の町で育った。

物心ついたときにはもう、父親はいなかった。
肺を壊して死んだらしい。
中学の担任は、家に来て母親を説得した。

久慈は頭が良い。
クラスで一番成績が良い。
進学して医者を目指したい。
それに対して母親は「はあっ!?」と聞き返した。

担任は、せめて高校に進学させてやってほしいと頼んだ。
だが母親は「あたしに体売れと言うのか」と怒った。
「中学を出ればたくさん。貧乏人には貧乏人の生き方がある」と言った。
担任はそれ以上、何も言えなかった。

「卒業したよ!」
久慈が中学の卒業証書を持って声を弾ませて入った部屋には、誰もいなかった。
ちゃぶ台の上には灰皿があり、口紅のついたタバコが残っていた。
母親は、久慈を置いて男と逃げていた。

それから久慈は、炭鉱で働いた。
朝から真っ黒になって働いた。
道で高校生に出会うと、うらやましさから顔を背けてやりすごした。

きっと自分は羨望のまなざしだっただろう。
卑しい顔をしていたに違いない。
久慈の心は荒れた。
貧乏人には貧乏人の生き方がある、とつぶやくしかなかった。

久慈は荒れた。
「はよ金出しい!」
恐喝をした。
酒を飲みながら、花札をした。

炭鉱で働く年上の男たちと、博打に興じた。
ケンカに明け暮れた。
久慈は、どんどん荒んでいった。

ある夜、仲間と帰る時、川のほとりで1人の初老の男が釣り糸を垂れていた。
「おい、あのジジイ、相当貯めとるいう噂や」。
「まかしい」。

久慈はそう言うと、男の首に鎌を押し付けた。
「貯めというっち?出しい」
だが、その男は少しも動じなかった。

男は口を開いた。
「おいを殺したら、わいの運は尽きるぞ」。
男の口調は平然としていた。

虫の声が辺りに響いていた。
「あ?」
久慈は歪んだ笑いを浮かべた。

男の喉下には、鎌の刃が当てられたままだった。
だがそんなことには全く気にならないように、男は言った。
「ええこと、教えちゃる」。
「運ば、貯められるぞ」。

「世の中はな、足して、引いて。ゼロになるごと、できとう」。
「生まれた時に持っているもんに差があっても、札はおんなじ数だけ、配られよる」。
久慈は、黙って聞いていた。
男の声と、様子は久慈の動きを止めるのに、十分な何かがあった。

まるで自分のことを言われているようだった。
この言葉は、自分の境遇を恨んで、荒んで、開き直っている自分に向けられている。
久慈は震えた。

「ええことしたら、運は貯まる。悪いことしたら、すぐに運は減りよる」。
「人殺しげな、一巻の終わりたい」。
「運ば、味方にすりゃ、何十倍も幸せは膨れ上がりよる」。

久慈の目が動揺した。
男の手が動いて、鎌の刃をまともにつかんだ。
振り向いて、久慈を見る。

虫の声が響いている。
川が流れる音がしている。
男は振り向いて、久慈の眼を見た。
「問題は、どこで勝ちたいか、や」。

久慈は息を呑んで、男を見ている。
「自分が、どがんなりたかか。自分の頭で考えろ」。
男は鎌の刃を素手で持ったまま、前を見て言った。
「考えて、考えて、吐くほど考えて見極めろ」。

男は再び、久慈を見た。
「運は、使いこなせ…」。
久慈は、息を吐いた。

ほとんど、恐怖にとらわれた者が、やっと吐き出すような呼吸だった。
男はつかんでいた鎌から、手を離した。
鎌は音を立てて、落ちた。

久慈は後ずさりしていく。
「そがん、こと…」。
「おいの言うことが、信じられんか?」
男は横を向きながら言った。

声には、かすかに笑いが含まれていた。
「信じられんなら、それが、わいの運たい」。
それだけ言うと男は再び、川に向かって、釣り糸に集中した。
久慈はよろよろと、後ろに下がっていく。

帰り道、久慈たちが殴り伏せた男が、仲間を連れて来ていた。
「こいつか?」
久慈は叩きのめされた。

だがもう、久慈にはそんなことはどうでも良かった。
久慈はその夜、街を出た。
今までの付き合いも、すべて捨てた。

上京して、町工場でまじめに働いた。
ただ、生きるために。
ただ、飯を食うために。

そして仲間に一冊の本を勧められた。
元々、勉強が好きだった久慈は最初はそれを拒否した。
未練がましかった。

「長いこつ、本なんて」。
だがその同僚は「俺の田舎の詩人だ。やる」と言って、久慈に向かって本を差し出した。
宮沢賢治の詩集だった。
だがその「宮沢賢治」の本が、久慈の一生を決めた。

ただ、文字が並んでいるだけだった。
なのに、どうして、そんなに泣けたのか。
「雨にも負けず」。
「風にも負けず」。

久慈はその詩を読んで、泣いた。
子供のように泣いた。
この時、久慈の一生は決まった。

久慈はそれから、たくさんの本を読んだ。
まじめに働きながら、大検を受けた。
子供が転んで泣いていたら、助け起こした。
宮沢賢治の詩集には、興都館とあった。

10年が、経った。
久慈は興都館に、勤めていた。
彼の話を聞いた作家が言う。

「それは聖なる預言者ですよ」。
運命の神はいて、人が間違った方向へ行かないように、人間の振りをして辻に立っているのだ、と。
それを聞く、聞かないも人の選択。

作家とはおかしなことを言うものだと、久慈は思った。
だが。
その日、久慈はマージャンをしていた。
すごい手が回ってきた。

周りは「初めて見た」「すごいな」と声を上げた。
仲間の1人が言った。
「これで上がると、近いうち死ぬって」。
「ばか、迷信だよ」。

久慈の顔が、こわばる。
あの男の声が蘇る。
「問題は、どこで勝ちたいか」。
「運ば、使いこなせ」。

その時、電話が入った。
久慈の自宅が火事だった。
真っ青になって駆けつけた。

幸い、妻も子供も無事だった。
だがアパートは全焼、家財一式を焼失した。
それから久慈は、ギャンブルをやめた。
酒もタバコもやめた。

趣味は散歩、そして掃除。
家は賃貸、車も持たず、電車で通勤。
必要最低限の生活をした。

その1年後、出版した無名の海外ミステリーが、モンスター級の大ヒットになった。
怪物級の大ヒットだった。
重版出来!
さらに重版出来!

久慈は言う。
もし、運が貯められるのなら、私は仕事で勝ちたい。
すべての運をヒットにつぎ込みたい。
そのために私は、運を貯め続けるのです。


久慈が出会った男は、運命の神だと言う。
私もあれは、神であったと思います。
神だから何を考えているか、人間にはわからない。

どうして、荒れた青年・久慈の前に降臨したのかもわからない。
なぜ、久慈なのかもわからない。
だが神は辻に立っていて、人を見ているのだと。
それを感じるか、言うことを聞いてみるか、それもその人の運なのだと。

この名前もない男を演じたのが、火野正平さん。
言葉と、最小限の表情と動きだけ。
それだけで荒れた久慈の動きを、止めなくてはならない。

震え上がらせなければならない。
一瞬に近い時間で、久慈がそれまでの人生を捨てる力がなければならない。
見ているこちらにその存在が神であったと、納得させなければならない。

火野さんの存在そのものが、説得力でした。
これまでに火野さんが送ってきた人生、俳優としての役。
それがすべて、火野さんの血となり肉となっている。

良いことも悪いことも、すべて栄養にする俳優としての途方もない力。
魅力。
火野さんはそれを持っている、ごく少数の人間なんだ。

彼が既婚者でありながら、たくさんの女性と付き合ったこと。
わかっていても、女性たちにモテたこと。
恨まれなかったこと。

彼が仕事を干されなかったこと。
共演者に嫌われなかったこと。
その理由がわかる気がしました。

経験して、それに打ち勝って乗り越えていない者には出せない力。
太刀打ちできない迫力。
火野さんを見て、そう思いました。

そして、「必殺」好きのおバカな自分は、ちょっと思った。
正八がこの年齢になったら、こんな爺さんになっているかもしれない。
非道、外道を見て、それを仕置きして。
仕置きした仲間の末路を見て。

正八は、ここに行き着いたのではないか。
そんなおバカなことも思った、「重版出来!」。
この5話は、映画並みの1時間でしたよ。

編集長の松重さんにも、その言葉にも人生があった。
久慈役は、高田純次さん。
この俳優さんたちに、この役をやらせる。
「重版出来!」のこの、センスが私は好きです。

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Author:ちゃーすけ
癖の強い俳優さんや悪役さん大好き。
俳優さん、ドラマ、映画、CMその他、懐かしいもの、気になるものについて、長々と語っております。

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