朝、市松が家に戻って来る。
するとおるいが懸命に竹林の中で、穴を埋めている。
市松が家に戻ると、湯が沸いている。
ちょっと怪訝な顔をした市松が、振り返る。

「おかえんなさい」。
おるいが自分に向かって、塩をかける。
「済んだの?」
「ああ」。

「うちの人は?」
「死んだよ、みんな」。
「そうお」。

おるいの声は、何も感情が混ざっていなかった。
「あの2人は私が埋めといたわ。慣れてるんだ、こういうことは」。
おるいは、平然としてた。

水を汲みながら言う。
「待っててね、今すぐご飯の仕度するわ」。
おるいは楽しそうだった。

「いいよ。おるいさん。眠いんだ。夕方までほっておいてくれないか」。
おるいの手が止まる。
市松はそう言って、横になる。

おるいは言う。
「知ってたのよ、私は。乾屋であんたに問い詰められた時」。
「そうだ。いっつあんもきっと、世の中の暗がりで暮らしている人間だ」。
「きっと私と、同じなんだ。そう、感じたわ」。

「三島の旅籠に泊まってていた人は、みんなそうなのよ」。
「あんただって、あんたのおとっつぁんだって」。
「でもすごかった…」。

おるいは、ため息をついた。
「あの2人を殺した時、あたしぞくぞくっとした」。
おるいは、市松が追ってきた2人の男を殺した時のことを思い出していた。

市松の横に座る。
「あんなこと、他の人にはできないわ…」。
「いっつぁんだけよ」。

「人殺しはずいぶん見てきたけど、あんなすごい殺しは初めてだった…」。
おるいは、うっとりしていた。
「良かった」。

「いっつあんに会えて、良かった」。
市松は、何も言わずに目を閉じていた。
「眠ったの?ねえ、いっつあん」。
答えない市松におるいは、そっと布団をかける。

市松の脳裏では、子供たちが歌うかごめかごめが響いていた。
遊んでいる子供。
夕焼けが赤い。

真っ赤だ。
辺り一目、美しく赤く染まっている。
市松とおるいが、遊んでいる。
2人が遊びながら、納屋で寝転ぶ。

市松が目を覚ますと、もう夕暮れだった。
「起きたの」。
髪を解いたおるいが、市松の横に来る。

「三島へは帰らないのか」。
「え?」
「おまえさんには、生まれ故郷がある。三島に帰った方が良い」。

市松がそう言うと、おるいは言った。
「いやだ。あたしは帰らない」。
声には、甘えが含まれていた。

「なぜ」。
「三島でね、人を殺したんだもの」。
怖ろしい言葉とは裏腹に、おるいは甘えていた。

市松が起き上がる。
「お前が?」
「うん。おとっつあんの後添えの女を、殺してやったんだ」。
おるいは平然と言った。

「だから三島へは帰れない」。
そう言いながら、おるいは市松に明らかに甘えていた。
「あたしだって女の一人ぐらい、殺せますよ」。

そう言うと、おるいは竹串で行灯の中で、ばたついている羽虫を刺した。
ぷすり。
目を見張るような、鮮やかな一撃だった。

おるいは刺した虫を行灯の炎にかざし、焼く。
それを見る市松の目が細くなる。
おるいが、市松を振り返った。
「ねえ、いっつあん。私と組んで、仕事をしよう?」

おるいは市松に、しなだれかかった。
「あいつが残したお金もあるしさ、三島へ行きゃあ、おとっつあんの手下だって集まってくれるよ」。
おるいが、市松の胸に手を伸ばす。

熱でうわ言を言うように「いつまでもさあ、人に使われている殺し屋なんて、つまんないじゃないか、ねえ!」と言った。
おるいは、市松の胸に顔をうずめる。
「ねえ、好きよ」。
「好きよ…」。

「私、子供の頃からずっとずっと、あんたが好きだったの」。
「あんたに…、抱かれたかった」。
おるいが、市松を押し倒す。
「ねえ。好きって言って」。

おるいの頭越しに市松の手が、頭の上の行灯に伸びる。
「好きって、言って」。
市松はおるいが虫を刺した、竹串を手に取る。
竹串に留められて行灯に映った虫の影が、ぽとりと落ちた。

市松が、目を閉じた。
おるいの髪を市松がそっと、撫ぜる。
「くすぐったい…」。
おるいが市松の胸に顔をうずめて、くすくす笑う。

市松が竹串を、おるいの背後に振り上げる。
おるいは市松に向かって、微笑んだ。
市松は再び硬く目を閉じる。
おるいの首筋を、竹串で刺す。

「あう」。
そのまま、ガクリとおるいの頭が市松の胸に落ちる。
市松はおるいをソッとどけると、横に寝かした。

おるいの顔を見る。
目を閉じてやる。
そして、起き上がる。

窓を開けた。
外は、見事な夕焼けだった。
子供の頃のような、美しい赤い夕焼け。

壮絶に美しく、赤い。
市松の目がそれを見る。
わずかにうるむ。
赤い夕焼けが、血に染まる…。


銀次は、岸田森さん。
短い出演時間ながら、どういう男か、よくわかります。
熱演というか、さすがですね~。
銀次メインの話も見たかったと思ってしまいます。

おるいは、中川梨絵さん。
これが見事。
おるいという女は「必殺」シリーズという作品に、最もふさわしい形の悪女ではないでしょうか。

今回は市松メインの話。
寡黙で自分の感情を表に出さず、語らない市松。
その市松の心の動きを、沖さんは見事に表現。
ビジュアルとともに、まさに絶品の1作に仕上がっています。

この話のすごいところは、実は仕置きの後なんですね。
2人だけの、市松と、おるいのシーンなんです。
前回の市松の内面を描いた「姦計が見えた」では、主水がその心に立ち会っていた。

でも今回は誰もいない。
市松以外は誰も知らないところで悲しく怖ろしいドラマが進行し、終わる。
この切なさ。
市松が1人で生きてきたこと、孤独であることがよくわかります。

今回、市松は瀕死の主人から頼まれるだけです。
依頼料について、市松の取り分は小銭です。
さらに情報を持ってきた男に市松は、1両支払っている。

つまり市松は今回の依頼では、持ち出しです。
命をかける危険な仕事で、持ち出し。
プロの殺し屋の市松の意外な行動。

瀕死の男に頼まれたからでしょう。
つまり、市松は決して冷酷非情な殺し屋ではない。
仕置屋のメンバーが断ることも前提の上で、市松は話をしている。
ネコババしてもかまわないと言う。

仕置屋のメンバーが断った時は、おそらく、自分ひとりでも動いたはず。
それでも他の付き合いのある殺し屋に持って行かず、仕置屋に持ち込んでいる。
市松はわずかながらでも、仕置屋のメンバーに対して、信頼を持ち始めているのでしょう。
でも今は、それもこれも仕置屋のメンバーは誰も知りません。

おるいとの思い出は、子供の頃の幸せなひとときの思い出だった。
殺し屋の父親が帰ってこなかった朝から、1人で生きていくことを覚悟した市松。
その後、殺し屋の養父に殺し屋として育てられた市松。

彼が子供らしい子供でいる時代は、ほとんどなかったと思われます。
あの養父ですから、殺し屋としての素質がないと判断されたら、放り出される。
いや、殺される。
そんなことをわかっている子供に、どんな思い出があるというのでしょう。

市松が子供らしい子供でいたのは、三島の旅籠の時代だけだった。
遊んでいる子供たちの親は、おるいに言わせれば全員訳ありの親だった。
それでも、それだからこそ、あの子供たちには心が安らぐ思い出であるはず。

でもこの子供たちは、大人になってから出会うべきではなかった。
訳ありの親をもち、その親の後を継いでいるのだとしたら絶対に。
市松とおるいのように…。

旅籠の娘だったおるいは、すっかり魔性の女になっていた。
銀次も手下も死んだと言われても、何の感情も動かないおるい。
さらに、父親の後添えを殺したことを告白する。

市松にベッタリと寄りかかるように。
それが甘えの要素になると、思っているかのようだ。
まさに魔性の女。

この下りの、中川さんの口調は見事。
おるいは嬉々として市松の女房に納まるつもりだった。
今度は市松に近づく女性を殺すだろう。

実際、おるいには、それは悪いことではないのだ。
自分の邪魔になる人間を、排除しただけだ。
虫を刺すように平然と。

市松は確信した。
逃げたいと言ったおるいの言葉は、本物だったかもしれない。
銀次の所業に心を痛めていたこともあるかもしれない。
しかし本当のおるいは、銀次に平然と加担し、見逃していたのだ。

あの冷酷さ。
利己的な行動。
市松は、瀕死の男を見ている。
殺された幼い子供から年寄りまで、見ている。

だから小銭を渡されたことで仕置きを引き受けたのだが、本当の気持ちは銀次が許せないからだ。
そんな市松には、おるいの魔性は放置できないものだった。
これは魔性の女だ。
人を傷つけ、殺し、自分の欲望を満たす女だ。

おるいは市松を本当に好きだった。
それはわかる。
市松はおるいを優しく、愛撫するように抱き寄せる。
そして、殺してしまう。

思い出を血に染め、自分を愛する女を葬り去る。
市松は自分の背中の荷物がまた一つ増え、一段と重くのしかかるのを感じる。
張り裂けるような市松の心の叫びのような、女性のコーラスの曲が流れる。

夕焼けを血の色に思わせる演出が、すばらしい。
音楽、演出、ビジュアル、ストーリー、沖雅也。
全てがすばらしい。
沖雅也、不世出の俳優。

外を見る市松の目。
あの日のような、見事な夕焼け。
だがもう、市松には夕焼けは血の色にしか見えない。

また一つ、俺は自分の思い出を自分で葬ってしまった。
それでも俺は、殺し屋として生きていかねばならない。
これが、俺の宿命なのか…。

哀しみがひたひたと彼に忍び寄ってくる。
孤独が市松の胸を満たす。
赤い夕日が沈めば、闇が降りてくる。
市松の心は、その闇で安らぐのだろうか…。

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2016.07.17 / Top↑
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