ありがとうありがとう

19歳、いや、20歳になる家の猫が、昨夜というか、日付が変わった12時28分にこちらの世界から旅立ちました。
4月、5月と5日ほどの入院を繰り返していました。
今回の入院は9泊10日目でした。

獣医さんが、入院費をサービスするから、しばらく預からせて欲しいとまで言って治療してくれました。
それで、今日は親戚の法事。
獣医さんにそれは伝えていました。

法事が終わり、帰宅した5時近くに獣医さんからの電話が来ました。
猫がついに動かなくなった。
帰します。
これは「看取る」ことを意味しています。

今回の入院では猫は、非常に検査の数が悪く、治療しても改善しないと言うことでした。
さらに食べない。
1日中、うつらうつら寝ている。
しかし、苦しまない。

これを聞いた時、「あっ、寿命だな」と思いました。
これは聞いた話ですが、自然死に向かっている者は、食べなくなる。
食べない内臓は、栄養が来ないため、活動をやめていく。

次に水も飲まなくなる。
すると、排泄をしなくなる。
栄養もなく、排泄もしない体は、急激に衰えて行く。

意識がなくなり、寝てばかりになる。
そして最後の臓器の心臓が、すうっと鼓動を止める。
苦しまない穏やかな死。
これを自然死と言うそうです。

医療の発達は自然に死に行こうとする体を生かすことも、できるようになった。
家にも帰れず、ひたすら耐えることもある。
苦痛を伴わないなら、看取る覚悟をすることも大切なのではないか。
この話を、思い浮かべました。

それまではもう、はた迷惑なうろたえ方、落ち込み方をしていましたが。
7時近くに猫は帰宅し、その約6時間後に息を引き取りました。
最期は、私の腕の中でした。
やはり最期は苦しかったようでしたが、私の腕の中で猫は落ち着いて、安心していたようでした。

たくさん、たくさん、大好きと言えました。
思い出をありがとう。
愛情をありがとう。
信頼をありがとう。

あなたのおかげで、私の人生は楽しいものになった。
あなたと会えなかったら、私の毎日はどれだけつまらないものになったか。
ありがとうと、感謝できました。

最期、瞳孔が開き、目が濁るまで、猫の瞳には私が映っていました。
いつものように、額にキッスすると、うれしそうでした。
もうおぼつかない手を、私の顔に向かって伸ばして来ました。
最期まで、私をじっと見つめていました。

目を閉じ、体を清めて、いつも寝ている私の隣に寝かせました。
割りと悔いはない看取りが、できました。
前の時、この猫の兄弟の猫にはかなり悔いが残りました。
2010年の秋、草なぎ剛さんが日系移民を演じたドラマの放送中でした。

あまりにつらくて、後にこの時の記事を削除してしまったほどです。
この猫のつらさがあったから、今度は悔いが残らないようにできたと思います。
あの子の経験を生かせた。
だとしたら、あの子はちゃんと生き続けていると、こちらもまた、勝手な考えですが、そうして納得しています。

ペットは天上からのお預りものだから、やがて送り返す時が来ると聞きましたが、そうなのだと思います。
神様にお返しする時が来たのだと思います。
こんなこと言って、喪失感はすごいでしょうし、寂しいでしょうし、明日なんか、いや、しばらくは号泣することでありましょうが。

でも、ありがとうありがとう。
獣医さんありがとう。
良い話を教えてくれた方、ありがとう。
不安とパニックに付き合ってくれた友達ありがとう。

猫ありがとう。
いろんなことに、ありがとう。


追伸:「自然死」「ペットはお預り」のお話の出典は、ハート出版、塩田妙玄さん「ペットがあなたを選んだ理由」の「第6章 祈り」より
さすが、お坊様!


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コメントの投稿

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なんとまた…。合掌。

こんにちは。

エントリ拝読いたしました。
合掌いたします。

「ありがとう」は伝わる。

こんにちは、おじゃまします。
愛猫さんが…最期まで看取られたのですね。

僕は、5年前に一緒に暮らしてきた愛猫を亡くしました。
享年12歳…晩年は病気で苦しんでいましたが、結局何もしてやれず、最期を看取ることも出来ませんでした。
胸の奥に重い痛みと悔いが残り、それは今も消えることはない…。
あれからずいぶんと時が経ちましたが、僕に出来ることは、忘れずにいてあげることだけ…。
“向こう”は、僕のことなど忘れてしまっていいのです。
僕が忘れずにいればね…。

愛猫さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
「ありがとう」伝わっていますよ、その想い。

No title

お久しぶりにお邪魔します。
ペットは天上からの預かりもの・・・初めて聞きました。

愛猫さんのご冥福を心からお祈りいたします。

No title

左膳の時以来のコメントになります。

 つらい思いをなさいましたね。お悔やみ申し上げます。

 「あの子はちゃんと生き続けている」のだし、このたび亡くなった子もちゃんと生き続けるのだと思います。

 「シャボン玉消えた 飛ばずに消えた」は、野口雨情が夭逝した我が子を悼んで書いたともいわれますが、「シャボン玉の内側の空気はどこへもゆかない。もとの大きな空気の一部に戻っただけだ。この もとの大きな空気 をたとえば仏教では 仏心 と呼ぶのだ」というのが、前回も引用させていただいた円覚寺管長横田南嶺老師の解釈です。

 そう信じることが、できるだけ心穏やかに、姿の見えなくなった者たちとともに生きる知恵なのかもしれません。

 でも、時々は気が済むまで泣いてくださいね。

別スレ6124さん

>別スレ6124さん

本当にありがとうございます。
感謝いたします。

キラさん

>キラさん

こんばんは。
こちらにもコメントしていただいて、ありがとうございます。

>「ありがとう」は伝わる。

私もそう思っています。

>愛猫さんが…最期まで看取られたのですね。

はい、最期まで、猫の瞳に自分が映っていました。
思ったより悔いが残らず、そのために想像していたひどいペットロスにも陥らなくて済んだようです。
これも猫のおかげだと思っています。

>僕は、5年前に一緒に暮らしてきた愛猫を亡くしました。

つらいですね。
忘れることはありませんよね。

>享年12歳…晩年は病気で苦しんでいましたが、結局何もしてやれず、最期を看取ることも出来ませんでした。
>胸の奥に重い痛みと悔いが残り、それは今も消えることはない…。

お気持ち察します。
6年前、兄弟の猫を見取りましたが、大変に悔いが残る看取り方となりました。
最期まで苦しみ、苦しさのあまり、私の手を噛みましたから。

>あれからずいぶんと時が経ちましたが、僕に出来ることは、忘れずにいてあげることだけ…。
>“向こう”は、僕のことなど忘れてしまっていいのです。
>僕が忘れずにいればね…。

きっとキラさんの猫さんは、キラさんを忘れていないと思います。
私はスピリチュアルな世界はのぞけませんので、いい加減なことは言えませんが、犬や猫は飼い主の哀しみの元が自分であることを、愛犬愛猫はすまなく思い、哀しむそうです。

また、彼らの世界は飼い主が全て。
だからどんな選択肢であっても、彼らは受け入れている。
恨んだり、こうしてほしかったのに、と思っている犬や猫など、いないと言うのです。
彼らは人間よりずっと、自分たちの状況を受け入れていると。

愛することについて、彼らは人間にはできないことをしているそうなのです。
だとすると、これは余談ですが、そんな存在を虐待する人間の行く末は想像がつきますよね。

ボランティア施設に愛犬を昔、ひどい手放し方をして、その後も苦しんでいる人が来た。
その人は愛犬に対しての自分の昔の仕打ちを後悔し、保護された犬や猫に寄付をし、ご飯を提供している。
しかしもし、その経験がなければ、そういうことはしなかっただろう。
だからそれはその愛犬が身を持って教えてくれたことなのだと。

愛犬に対しての贖罪で、他の犬や猫が助かる。
するとそれは彼の愛犬に対して、他の犬や猫がありがとう、ありがとう、あなたのおかげですと感謝することにつながる。
あなたがいなかったら、私たちにこの人は私たちを助けてくれることはなかった。
あなたのおかげです、ありがとう、と。
これが彼の愛犬が、死後も生き続けるということになのだ、と。
ボランティア施設で犬や猫を保護し、見送った方ならではの言葉をだと思います。


猫のために祈ってくださって、ありがとうございます。

>「ありがとう」伝わっていますよ、その想い。

そう言ってくださって、本当にありがとうございます。
キラさんのその思いも、猫さんに届いていると思います。
キラさんの猫さんは、キラさんが大好きだと思います。
キラさんと暮らせて、愛してもらって、幸せだったと思います。

コメントありがとうございます。

傷だらけの天使最強さん

>傷だらけの天使最強さん

お久しぶりです。
また来てくださって、コメントしてくださってありがとうございます。

>ペットは天上からの預かりもの・・・初めて聞きました。

だからまた、天にお返しするのだそうです。
お坊様いわく、天からの預かりものだから、虐待などしたらそれは大変なことになるそうです。
私はスピリチュアルな世界はわからないので、本当だ!と断言もできないのですが、確かにそう考えた方がいいかなと思いました。

>愛猫さんのご冥福を心からお祈りいたします。

ありがとうございます。
うれしいです。

おれんじさん

>おれんじさん

こんばんは。
また来てくださって、ありがとうございます。

>左膳の時以来のコメントになります。

あの時もつらかったです。
ありがとうございました。
だからもう、長年一緒に暮らした猫の時など、耐えられないだろうと思っていました。

>つらい思いをなさいましたね。お悔やみ申し上げます。

ありがとうございます。

>「あの子はちゃんと生き続けている」のだし、このたび亡くなった子もちゃんと生き続けるのだと思います。

私もそう信じています。

>「シャボン玉消えた 飛ばずに消えた」は、野口雨情が夭逝した我が子を悼んで書いたともいわれますが、「シャボン玉の内側の空気はどこへもゆかない。もとの大きな空気の一部に戻っただけだ。この もとの大きな空気 をたとえば仏教では 仏心 と呼ぶのだ」というのが、前回も引用させていただいた円覚寺管長横田南嶺老師の解釈です。

うーん、深いですね。
今度のことで、仏教とは人を救うためにあるのだということを実感しました。
いろいろ知りたくなりましたね。

>そう信じることが、できるだけ心穏やかに、姿の見えなくなった者たちとともに生きる知恵なのかもしれません。

古今東西、そうやって人は生きてきたんでしょうね。

>でも、時々は気が済むまで泣いてくださいね。

ありがとうございます。
やはり、思い出すと泣けてきます。
いるべきところにいない、喪失感は大きいですね。

温かいコメント、ありがとうございました。
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ちゃーすけ

Author:ちゃーすけ
癖の強い俳優さんや悪役さん大好き。
俳優さん、ドラマ、映画、CMその他、懐かしいもの、気になるものについて、長々と語っております。

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