もうこの手に戻らないものを思う 「蜘蛛女」

「蜘蛛女」を、再見しました。
土曜日の深夜に放送していたものの録画なんですが。
ああ、この時にはまだ猫がいたなあ、と思いながら見たんですが。

しかしこの映画、作りは雑なところがあるのに、俳優さんたちのハマり具合と迫力で夢中になりますね。
ゲイリー・オールドマンは悪徳警官役でも、こちらの情けない役の方が似合う。
この情けなさが、味があって良い。

そしてこの映画では何といっても、「蜘蛛女」こと、モナ・デマルコフがすごい。
レナ・オリンという、知的な感じの女優さんが演じている。
「氷の微笑」など悪女の映画は多くありますが、「蜘蛛女」は力技で押していく悪女。

普通の悪女は、緻密な計算と切れる頭脳と冷酷さで完全犯罪をやってのける。
だがモナは、男の首を太ももで締め付けて窒息寸前に追い込める力技の悪女。
見ていて怪物映画みたいで、これはこれで楽しい。

あの低い、ぬははははぁ、というような笑い。
ギャグになっちゃうぐらい、すごい。
ジャックの首を絞めながら、ぬははははは、ぬはははははっはっ、と笑う。

ガーターベルトなんてセクシーなスタイルなのに、下着丸出しで足でガラスを割る。
たたたたと走る時、邪魔になった靴を空中キックして脱ぐ。
両手が手錠でつながれてるからね。

自分で切り落とした左腕の義手を、「外した方が良い?」なんて聞く。
「そうしてくれ」と言われ、ポーンと放り投げる。
ぬははははと笑いながら。

会社の同僚で「俺、怖い映画嫌いだよ~お…」と言って、見ないという人がいました。
「怖い女、嫌いだよ~」。
私は「おかしくなっちゃうから見て!」と言いました。
モナは演じるのって、楽しかったんじゃないかな?

当時のファッションを見るのも楽しい。
モナが最初に護送される時に着ている、紺地?に細い白いラインが入ったピンストライプの服。
これはコート?
ワンピース?

こういう布地、この時期にあったな。
スーツ、ワンピース、スカート。
スカートはタイトだった。

シルエットはボディコン。
モナの着ている服も、ボディコンシャス。
マフィアのボスを生き埋めにする時に着ている、パンツスーツのシルエットも時代を感じる。

そうそう、日本はバブルの時代だった。
モナはロシアで、マフィアの殺し屋だった女性。
アメリカみたいな国家じゃなくて、何だか何でもありな国といったイメージ。
そこでマフィアの殺し屋だった女性なんだから、何でもありなのか。

肉体的、体力的にも精神的にも超越した強さを持つモナ。
対して、この映画の男性たちはみんなちょろい。
甘く見て、モナの女の罠にはまる。
ところがモナは、性別こそ女性の体に生まれてきたけど、か弱い女性じゃない。

肉体を餌におびき寄せることはしても、女性ではない。
自分を死んだことに偽装するために、自分の左腕を切り落とすような人間。
そこまでの気合と覚悟がない男性が、食われるのは当たり前。
だから男たちは、次々食われる。

中でもとことん、情けなかった悪徳警官・ジャック。
最初にモナの誘惑に乗った自分を「どの程度の男か、わかるだろう」と嘲るけど。
マフィアとモナ、両方から金を取ろうとしてモナにはめられる。
でもジャックは最後に1回だけ、男らしく逆襲する。

モナはジャックを、ちょっとだけでもかわいいと思ってたんじゃないかなんて考えた私も甘かった。
逃げ切ろうとするモナに、「それはお気の毒。あんたはもう2度と女房は抱けないよ」と言われる。
「あの女は死んだ。あんたが死んでるのと同じようにね」。

ぬはははは、と笑って出て行くモナ。
とっさに靴下の下に銃を隠し持っている同僚から、手錠がはまったまま、ジャックは銃を奪う。
そして遠ざかっていくモナに、発砲する。

1発目で、モナが振り向く。
2発目、モナの肋骨が砕け、血が飛び散る。
3発目、胸に命中。

4発目、さらに命中。
5発目、倒れるモナにとどめ。
とことん、バカにしていた男の逆襲に信じられない表情のモナ。

倒れ、上体を起こして自分に起きたことを見る。
驚愕の表情のまま、モナは死ぬ。
その後、ジャックも自殺を図るが、弾丸はもう入っていなかった。

同僚の刑事が言う。
「よくやった、ジャック」。
「良い腕だ」。

そう、ジャックは結構、良い腕を持つ刑事だったと思う。
それがこんなことになってしまうのは、欲に目がくらみ、そこをマフィアに、そしてモナにつけこまれた。
ジャックがどうして、モナを殺して表彰されるまでに至ったのか、わからないけど。

ちりーん。
最初に響いていた、鈴の音が響く。
それはジャックが新しい名前と身分を与えられ、経営しているダイナーの入り口の鈴の音だった。
この映画は、新しい名前と身分証明書、職業を与えられたジャックが過去の自分を語っていたのだった。

ハイウェイに、ぽつりとあるダイナー。
そこでドアが開き、ジャックは悲鳴をあげる。
モナが笑いながら、立っていたから。
次の瞬間、モナは消えた。

ホッとしたジャックは、入ってきた妻のナタリーを鏡に見て、額に入っていた手紙を落とす。
ガラスが割れる。
ジャックは妻のナタリーに、半年後、待っているから来てくれと言った。
5年前から、ジャックはここでナタリーを待っている。

ついに来たのだ。
歓喜のジャックは、笑顔で涙を流す。
ナタリーを抱きしめる。

2人の影が薄くなっていく。
消える。
ジャックが言う。
「時々、もう少し長くいてくれるときもある。ごく、たまに、だが」。

ジャックは、吸っていたタバコを床に落とす。
扉を開け、外に出る。
「俺が諦めると思ってるんだろ?」
「そんなことはない」。

「いつだってナタリーが、あのドアから入ってきてもおかしくない」。
人、車自体がここを、ほとんど通らないように見える。
ダイナーの他に、建物の影はない。

いや、何かの影がない。
動くものがない。
空にも、大地にも動いているものがない。

広々と広がる大地。
ジャックが、ガソリン給油機の傍らに座る。
ここもしばらく、使われた形跡がない。

彼はここで日が暮れて、辺りが暗くなり、星が出るまで座っているのだろう。
いつもいつも。
目がくらみそうになるほど、虚しい想像。

ジャックは言う。
「どんなことがあろうと、彼女は」。
「俺を愛している」。
「…はずだ」。

全編を貫く、けだるいジャズ。
それは最後にオルゴールの音色が足され、哀しさを強調する。
ラストシーンは、怖ろしく虚ろ。

ジャックの心のような、荒涼たる風景。
失ったものの大切さ。
初めて、失ってからわかる存在の大きさ。
ささやかでも、十分だった本当の幸せ。

悔いても、悔いても足りない。
もう、もどらない…。
身を切るような孤独。
切なさで胸が一杯になる。

猫を見送って1ヶ月。
もう、この手で触れることができない寂しさ。
大切なものが、そこにない喪失感。

猫がいた時に見た映画であり、猫がいた日々を思いながらこのラストを見るのは、一層切ない。
自分の手に触れるものが大切な存在だということは、ジャックのように忘れてはいなかったけど。
見送りに後悔が驚くほどなくて、予想していたひどいペットロスに陥らずに済んでいるけど。

この空の下、大切な者、そこにいた者がもうどこにもいない。
理屈ではない、寂しさ。
それがジャックと重なるのかもしれない。

モナの強烈なキャラクターに彩られた映画の、意外なほど切な過ぎるラストシーン。
映画はそれを見た時の自分の状況、思いも一緒に刻む。
「蜘蛛女」は、自分には忘れられない映画になっているのかもしれない。


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