巨災対で、秘書官の志村が言う。
志村は高良健吾さん。
有能な若きエリートで、矢口の補佐をしっかり勤める。

誰が命令したわけじゃないのに、巨災対のみんなは家にも帰らず黙々とやっている。
帰ってもすぐに弁当を持って、帰ってくる。
家族だっているだろうに。
この国はまだまだ、やれる。

この仕事ぶり、あ~、日本人だと思う。
みんな、家族にメールを送ったりしている。
待ち受け画面が家族の写真だったりする。

みんな、家族がいる。
背負っている者がある。
でも、この映画は個人個人の背景を一切描かない。

恋愛はもちろん、家族の絆なども描かない。
矢口か赤坂とカヨコの恋愛が発展したりしそうなものだけど、そんなこともない。
ギャレス監督の「ゴジラ」が家族の絆と親子の絆の再生を描いたのと、非常に対照的。

海に帰ったゴジラが、再び姿を現した。
相模湾に姿を現したその生物は、倍の大きさとなっていた。
しかも、完全に二足歩行ができる状態となり、両手も生えていた。
進化した、第4形態。

選択肢は駆除しかない。
花森は言う。
「いざとなれば、自衛隊は徹底的にやります」。

大河内は防災大臣に聞く。
本当に住民の避難は、完了しているのか。
渡辺哲さん演じる内閣危機監理官?
ああ、ごめんなさい、名前がわかりませんが、この方も、良い。

総理の問いに答える。
「自分は部下の報告を信じるだけです」。
花森も、自衛隊を信じている。
「いざとなれば、自衛隊は徹底的にやります」。

自分の部下たちを信じている。
任せている。
こうなれば、部下は期待に応える。

つまり、実はこの人たちはトップとして有能なんだと思う。
大河内だって、良い総理なんだと思う。
想定外の生物の、想定外の、前例のないことに対応が後手後手に回ったにしても。

大河内の命令の下、日本の歴史上、初めて自衛隊の攻撃が始まる。
武器の使用は、無制限。
攻撃命令を受けた自衛隊は、多摩川に集結する。

ゴジラは武蔵小杉駅方面から進んでくる。
多摩川が防衛線だ。
なんとしても、ここで首都への進撃を阻止する。
花森「頼んだわよ…!」

この「頼んだわよ!」の時の余さんの力の込め方が良い。
眼力が良い。
それに対して私、「おおおおお、もうすぐ花火大会がある多摩川ではないか…」。
丸子橋だぞ。

武蔵小杉の超高層マンションをはさみ、ゴジラと向かい合うヘリ部隊。
この辺りの手続き、作戦が実にリアル。
「撃ちます!?いいですか!?」
「攻撃を、許可します」。

狙撃許可が下り、攻撃が始まる。
ゴジラの頭部に攻撃は集中するが、パンパンと火花が散るだけ。
傷一つ、つけられない。

「なんて奴だ…」。
戦車が砲撃を開始する。
見慣れた街が戦場と化す光景。
さすがにうなってしまう。

だがゴジラは無傷だ。
「人口密集地ですが、やむを得ません。ミサイルの使用を許可しましょう」。
富士の駐屯地から、ミサイルが発射される。

ひえええ、見慣れた街が破壊されていく。
ううう。
三沢基地から航空自衛隊も出撃する。

空爆が開始される。
ゴジラの進路が変わる。
「おお、空爆が効いたか!」
「あと少しだ」。

ところが、ゴジラは丸子橋を破壊。
落ちてくる橋によって、指令本部が壊滅。
戦車も下敷きに。

弾丸も尽きる。
多摩川に残る、無残な戦車の残骸。
ピエール滝の隊長が「攻撃だけが華じゃない!」と住民避難に作戦を切り替える。
この滝隊長が少しもうろたえず、肝が据わっていて良い。

自衛隊はゴジラを殺すことも、進路を阻止することもできなかった。
無理もない。
相手に対する情報がなさ過ぎるし。
人間の武器が通用しないから、怪獣なんだもの。

ゴジラは目黒区に進む。
闇の中、浮かび上がるゴジラのシルエット。
停電していく街。
ここから、事態は深刻さを増していく。

ついに米軍の攻撃も、始まる。
グアムをステルス爆撃機が飛び立った。
全然関係ないけど、グアムにステルス爆撃機っているんですね。
ほー(無知)。

避難命令が出されても、道路は大渋滞で動かない。
災害の時って、こうなんだろう。
どうにもならないんだろう。

ゴジラは迫ってくる。
米軍の攻撃も迫ってくる。
もう、住民を地下に誘導するしかない。

地下鉄・泉岳寺駅は、パニック状態の人で溢れた。
電車で押し合いへし合いしている人々の中、灯りが消える。
きゃあっと悲鳴が上がる。
怖いよ、これ怖い。

総理以下、官邸にも避難勧告がされる。
だが大河内総理は、自分は最後までここにいる義務があると言う。
東京は捨てられない。

官房長官が、政府の機能は維持しなければならないと説得する。
「総理には守らなければならない国と国民があります」。
この柄本明さんも、良い。

東京都知事は無事らしい。
後は都知事にもまかせて、閣僚はヘリで行く。
都知事、初動で「災害マニュアルはいつも役に立たない!」と自らの判断で自衛隊を要請する判断を下している。
この光石研さんも、短い出番ながら印象深い。

矢口は車で行くため、官房長官と後で必ず会おうと約束する。
「這ってでも行きます」。
巨災対にも、避難命令が出される。

大慌てで資料を抱え、パソコンを抱え、脱出するメンバー。
誰もいなくなった部屋で、椅子がクルクルと回っている。
人がいないか、自衛官が確認に来て、急いで部屋を出て行く。
このリアルさ、危機感。

カヨコも脱出していた。
車の中で、カヨコは目を閉じる。
ゴジラ、もはや神…。

秘書官の志村と車にいた矢口も、米軍の攻撃が迫り、地下に行こうとする。
その時、米軍の攻撃が予定より早く始まった。
ステルスより、MOP2(で、良いのかな?そう聞こえた)が投下される。

ゴジラに炸裂する。
流血。
「さすが米軍だ!いけるかもしれない!」と大河内総理が叫ぶ。

ここからが、すごかった。
ゴジラの体からは、ところどころ、溶岩のように赤い部分が見えていた。
1機、落とされたステルスの敵討ちだと、他の2機がゴジラの背中へ回る。

ゴジラが下を向いた。
赤い部分が、ますます光を増していく。
徐々にそれが紫に変わって行く。

空が紫色を映す。
ゴジラが発光している。
何だ、あれ…?
見上げる矢口の顔に、紫の光が映る。

ゴジラの尻尾が光る。
光の帯が、背中に走る。
ゴジラが口を開ける。
口の中も、紫に発光している。

こっちはわかっているから、「来る…」と思っている。
ああ、来るなと。
熱線放射だと。

来るよ、来る。
逃げて、逃げて。
…?!
…!!

ちょっと!
ちょっと、ちょっと。
そこまで炎が来るものなの?!
すごすぎる!

吐き出される火炎。
まるで、巨大なバーナーのよう。
ナパームが何十発も炸裂したような、爆発的な炎がゴジラの口から広がっていく。

ゴジラの周辺どころではない。
目黒区全体が、炎に包まれていく。
東京が燃える!

ええええーっ!
炎は徐々に細く、1本の紫色の帯状に集束していく。
それは紫のレーザービームとなった。

ゴジラの口から紫のレーザービームが放たれる。
背中からも、何十もの紫のレーザーが空に向かって放たれる。
ひえええええ!
何これ!

ステルスが貫かれ、落下していく。
地下に入る前の矢口は、空に向かって伸びる紫のビームを見ていた。
サーチライトのように見える。
だが、これはライトではない。

高熱のカッターナイフのようにビームが水平に、ゴジラの口から伸びる。
高層ビルが真っ二つになり、炎上する。
ビームは、遮られることなく放出されていく。

その距離は永遠に伸びていくように見える。
どこまで届いている?!
総理たち、閣僚の乗ったヘリにもビームは届き、命中する。

ヘリが大爆発する。
えええええー!
閣僚、全員死亡ー?!

銀座が吹き飛ぶ。
浜松町が吹き飛ぶ。
見慣れた街が炎の中、爆発を起こしながら滅びていく。

火炎放射が始まった時点でおそらく、私の口は、ポカンと開いていたと思う。
それがレーザーになった時には、目が丸くなっていたと思う。
ゴジラの口から、背中から、レーザーが放射され、東京が壊滅的な被害を受けた時、息を止めていたと思う…。
絶句。

この中盤の破壊描写は、本当に絶句する。
まさしく、破壊神。
荘厳な、悲壮な音楽が、終末感に拍車をかける。

あの燃えていく街の中に、どれだけの人がいるだろう。
どれだけの人の人生があるだろう。
どれほどの命が。
どれほどの築いたものが、失われていくのだろうか。

自分はどちらかというと、これまでの「ゴジラ」ではゴジラを哀れに思っていた。
ゴジラに罪はなく、ゴジラを呼び覚ましたのは人間であり、共存できないから殺す。
しかし、このゴジラにはそうした感情はわかなかった。
それはこの被害のすさまじさのせいだと思う。

無力感。
絶望感。
恐怖。

赤坂は言った。
これは災害ではない。
生き物だと。
それは生き物なら殺せるという意味でもあった。

だがもう、これは災害でしかない。
殺せない。
人間の武器では、ゴジラは殺せない。
圧倒的過ぎる。

ビームが東京を焼き払い、閣僚の乗ったヘリさえ炎上するシーンは、一気に観客を絶望に引きずり混む。
東日本大震災では津波や火災の映像が入って来たために大変なことが起きていると認識し、どうしたら良いかを考えていた。
だがそこに福島原発の暴走のニュースが入って来た。
一気に日本全体が困難に陥り、これが日本の存亡に関わる国難であることを知った時の感覚だ。

もう、やめて!わかった、もうやめて!
あなたの勝ちよ。
思わず、心の中で叫ぶ。
ここが陥落した時は最後だというところが、焼き払われている。
だが、ゴジラはここで動きを止めた…。


監督は、ゴジラの形を借りて天災を、それによって押し流される日本を描いているとわかる。
「ガメラ2 レギオン襲来」のように、これは災害の時の政府及び自衛隊のシュミレーションだ。
そして、戦争のシュミレーションだ。
ゴジラという形を借りて、日本は守らなければならない国と国民をどう守るか。

国民は、日本をどう守るか。
この過程を描いている。
それでも、このゴジラは、しゃれにならない。
モスラ召喚とか、そういう発想にも至らないほど、現実的な絶望。


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2016.08.14 / Top↑
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