こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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スクラップ・アンド・ビルド 「シン・ゴジラ」 (5)

ヤシオリ作戦に向かう矢口に、泉が言う。
「10年後の総理じゃなかったのか?」
泉は矢口に「行くな」と言う。

だが矢口は、政治的な判断が必要になることがあると言う。
「10年後、俺が総理になっていることより、10年後も日本があることを選ぶ」。
泉が言う。

「俺は官房長官のポストで良い」、だったかな?
「後を頼む」と矢口に言われ、2人は握手を交わす。
つまり、「生きて帰れよ」ということ。

ヤシオリ作戦に向かう自衛隊に矢口は、志願で行くのかと問う。
「いや、ローテーションで行きます」。
「みんな、自衛隊に入った時から覚悟してます」。

自衛官を前に、演説する矢口。
「日本を守る最後の砦が、自衛隊だ」。
これ、今の邦画で堂々と言っちゃうのって、勇気ありませんか?

でもこの映画にイデオロギーとか、思想はないと自分は思う。
だってそれに本当にそうだった。
東日本大震災、そして福島第2原発の事故で思った。

自衛隊だけじゃない。
消防庁も、警察も危機に立ち向かった。
ゴジラが見える場所に、矢口たち指令部が集まる。

ヤシオリ作戦開始ー!
反撃ー!
ヤシオリ作戦はもう、鳥肌立ちっぱなし!

鳴り響く音楽。
これ、「ゴジラ」の自衛隊さん出動の音楽でしょ?
その音楽にのって画面を走るのは、新幹線!

冒頭からちょくちょくテロップが出てたが、ここで「無人新幹線爆弾」と出る。
新幹線が、全車に爆弾を積んで、東京駅に向かって疾走していく。
いや、東京駅にいるゴジラに向かって突っ込んでいくのだ!

ぎゃああああ。

これは私には邦画史に残る、最高のシーンです。

新幹線爆弾をぶつけられたゴジラが、目覚める。
ゴジラはすでに背中からのレーザー攻撃という、ゴジラへの対空攻撃を無効にする技を持っている。
だが無人の米軍機が、ゴジラに向かってミサイルを投下する。

ゴジラが再び、発光し始める。
背中から数十の、紫のレーザーが発せられる。
次々、消滅する米軍機。

それでも、米軍機はさらに投入される。
撃ち落としていくゴジラレーザー。
指令所の放射線量も、上がっていく。
だが矢口も引き下がれない。

「この期を逃すな!」
「無人在来線爆弾、全車投入!」

在来線!
山手線、京浜東北線、東海道線ですよ。
通勤電車ですよ。
東京都民の足ですよ。

いつもゴジラに、ギャオスに、めちゃくちゃにされてるんですよ。
今回だって、冒頭に第2形態ゴジラにぶっ飛ばされてるんです。
そう、これはJRからの報復の一撃!

在来線が、ゴジラを中心に突っ込んでいく。
ゴジラの体に、脱線した在来線が這うようにして登っていく。
爆弾が炸裂する。
米軍の爆弾の何十倍、何百倍の爆弾が炸裂する。

電車の報復。
焼け野原にされた東京都民の足と、都民からの一撃。
日本人からの一撃。

米軍機がステルス攻撃の時、1号機の仇だと言ってましたが、これはゴジラによって失われた者の仇だ!
食らえー!と心が叫ぶ。
もう、もうね、在来線というところからして、日本が全力を投入しているんですよ。

私がいつも使ってる電車が、がんばってる。
普通の日本人がみんなで、巨大な相手に挑んで行くイメージ。
爆発上等!なんだけど。

無人在来線爆弾のために。
被災し家や家族に犠牲が出たであろう人たちが、自分のことを後にして仕事に掛かっているはず。
危険な状況下、休養も取らずに仕事に臨んでるはず。

線路だって、ポンプ車が通る道路だって、整備したに違いない。
ヤシオリ作戦は、こういう名もなき人々の活躍によって成功した。
日本の総力対ゴジラ(国難)。

「この期を逃すな!」
「無人在来線爆弾、全車投入!」

…しびれる。
本当はこんなこと、言わなくて済むのが一番なんだけどね。
こんなセリフ、一生に一度、言ってみたいのではないか。

ごめんなさい。
それほど、しびれた。
俳優さんって、幸せだなと思う時です。

ゴジラのレーザー攻撃にひるむことなく、続いて米軍は爆弾投下。
イージス艦からもミサイル発射。
ゴジラの周りの超高層ビルに炸裂。
ビルが倒れてくる。

自分たちで、自分たちの街を破壊している。
徹底的に。
もう、日本の総力対ゴジラ(国難)。

ゴジラ目掛け、全ての周辺ビルが倒れる。
咆哮するゴジラ、転倒。
これが仰向けに倒れなかったらどうするんだろう、なんて後で考えること。

ポンプ車、特殊建機第1小隊登場。
ゴジラの口に伸びるポンプ。
ああ、これはフクシマだと思う。
状態としては、歯医者の治療を受けるゴジラなんですが、そんなことは後で考えること。

血液凝固剤が、ゴジラの口から注入されていく。
20%投入完了!
しかし、ゴジラも抵抗する。

口からレーザーが出る。
第1小隊にレーザーが炸裂する。
小隊が跡形もなく、吹き飛び、消滅する。

「第1小隊、全滅!」
矢口が目を閉じる。
だがここで、ひるんではいられない。

再び、ゴジラを攻撃。
ゴジラ、転倒。
第2、第3小隊が向かう。
血液凝固剤を口から流し込む。

50%、60%、70%。
100%!
矢口についてきている安田が「頼むから計算どおり行ってくれ」と思わず、口に出す。

尾頭さんへの「ごめんなさい」と言い、この方は確かに偏屈かもしれないけど、悪い人じゃないと、ここでも思う。
ゴジラが立ち上がる。
動く。

再び、体が発光する。
だがその体の表面は、どんどん凍っていく。
光が失われていく。

ゴジラは咆哮し、完全に凍りついた。
終わった…。
ヤシオリ作戦、完了!
熱核兵器へのカウントダウンは、1時間を切っていた…。

カウントダウンに待ったをかけてくれた、フランス。
里見総理がフランス駐日大使の前で、頭を下げている。
腰を直角に折り、椅子に座っている大使に頭を下げ続けている。
その後ろでは黒いスーツを着た官僚たちも、すべて腰を直角に折って頭を下げている。

泣けたあ…。
すばらしいお辞儀だ。
美しいお辞儀だ。

避難所の子供が、笑顔になっている。
大人も笑っている。
そういえば、避難所に猫がいた。
日本にいるのは、人間だけじゃないんだもの。

尾頭に初めて、笑顔が浮かんだ。
この笑顔の破壊力も、すごい。
彼女は決して楽観はしていない。

でも笑っている。
彼女が笑っているということは、終わったんだ。
市川さんも、ヒロインだった。

カヨコが、矢口に言う。
フランスに情報を流したでしょう。
ああ、約束を破った。

フランスだけじゃない。
世界中に。
後悔はしていない。

カヨコが言う。
自分が大統領で、あなたが総理。
良いビジョンじゃない?

最良の傀儡ですか。
カヨコが矢口に言う。
辞めないでね。

でも責任は、取らなければならない。
しかし矢口は、これからの日本、立て直した日本を考えている。
日本の問題点も、良い点も浮かび上がらせたゴジラ。

矢口の横顔を見るカヨコも、前を向く。
そして言う。
好きにすれば。

初登場した時の、いかにもアメリカの特使といった事務的で合理的なカヨコじゃない。
心なしか、まなざしが熱い。
普通なら恋愛を絡めるところ、この映画はそう言う人間関係は一切、絡めなかった。

矢口と赤坂が話している。
これからが大変だ。
日本は、ゴジラと共存していく。
ゴジラが動けば、再び熱核兵器へのカウントダウンが始まる。

今回の責任を撮って、里見以下、内閣は総辞職する。
そして選挙だ。
矢口は言う。
辞めなくてはならないだろう。

でも今じゃない。
まだ、辞められない。
目線は凍ったゴジラに向けられる。
赤坂は言う。

「この国はスクラップ・アンド・ビルドで、成長してきた」。
破壊と再生を繰り返し、日本と言う国は伸びてきた。
「今度も大丈夫だ」。
「せっかくスクラップしたんだ。今度はもっとましな政府を作ろう」。

これだけの犠牲を出した反省。
監督はゴジラの形を借りて天災を、それによって押し流される日本を描いていた。
災害の時の政府及び自衛隊のシュミレーションを描き、戦争の時のシュミレーションを描いた。

これは日本が、国難に立ち向かう映画だった。
ゴジラという虚構の存在を使って、現在の日本を描いた。
日本の持つ弱点と、強さ。
日本を取り巻く現実。

守らなければならない国と国民を、国難に直面した時、どう守るか。
国民は国を、どうやって守るのか。
それを描いている。
この映画に政治的、思想的なものはなかったと思う。

日本を貶めてもいないし、賞賛しすぎてもいない。
日本への信頼と愛情。
この国には力があるんだよ、という希望は感じられる。
日本のプライドと底力に訴える映画だ。

それと、ヒーローがいない。
自分の仕事を果たす名もなき人たちが、ヒーローだ。
この点でもまさに、日本らしい映画だったと私は思う。

日本にハリソン・フォード大統領は、いない。
今回の「ゴジラ」のような「ヒーロー」はハリウッドでは作らないし、日本はハリウッドのような総理も作れない。
同じ「ゴジラ」を扱った映画で、文化の違いを思うとは。

大河内、そして里見臨時総理のお辞儀に泣ける。
財前の「仕事ですから」に、しびれる。
まさに日本だから。
日本人の感覚に、しっくり来るから。


そして…。
凍結したゴジラ。
カメラがそのゴジラを映していく。

尻尾だ。
尻尾の先に、何かがある。
手だ。
人間…?

これはどういうことだろう。
尾頭が「ゴジラより怖いのは人間ということですね」と言っていたが、ゴジラも一番の災害は人間だと思ったのか。
この状態で、なおもゴジラは進化するのか。

進化は小型化、群生化、有翼化と進む。
小型化、群生化するところなのだろうか。
凍結は危機一髪で間に合ったのだろうか。
それとも…。

目を凝らして観ようとした時、スクリーンは暗くなった。
ゴジラの音楽が流れ、クレジットが流れる。


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Comment

見事なシナリオと演出
編集
ちゃーすけさん、お疲れ様でした。
お陰様で、本編を脳内再現できました。

人物背景を省略し、働く者たちの集団劇としたコンセプトが見事でした。
類似の成功作として「日本沈没」1973を思い出します。
あの国難には勝てなかったけど、今度は辛うじて引き分けまで持って来れた。
樋口監督にとってもよいリベンジになったと思います。

それにしても、庵野監督のオリジナルシナリオが見事でした
物語の個々の構成要素はどこかで語られたものばかりなのに、現実世界のリアリティを一貫させて再構築しています。
大量の情報を余計な説明抜きに惜しげもなく展開して先を急ぐ、豊饒さとスピードが素晴らしい。
この台詞量は邦画でも圧倒的ではないでしょうか。
かつての庵野監督の盟友岡田斗司夫氏も、俳優たちに下手な勝手解釈の演技をさせなかった、早口セリフ回しと短いカット割りを徹底した演出の勝利と批評しています。私も同感です。

親子連れ映画のステロタイプを脱したことで、この構成と演出が可能になりました。
いや、東宝のプロデューサーたちに脱帽します。
2016年08月15日(Mon) 12:59
kaoru1107さん
編集
>kaoru1107さん

こんにちは。
読んでくださって、ありがとうございます。

>お陰様で、本編を脳内再現できました。

そんな言っていただいて、ありがとうございます。
いろいろ勘違いしたり、抜けたり、間違っているところがあると思います。

>人物背景を省略し、働く者たちの集団劇としたコンセプトが見事でした。

通常なら、あそこで逃げる人の間にドラマがありますよね。
政治家同士や、官僚同士の確執、人間関係や駆け引きもある。
恋愛要素も入ってきますね。
それをあえて描かず、巨災対のメンバーの表情で想像させる。

>類似の成功作として「日本沈没」1973を思い出します。

考えてみれば、対個人の戦いじゃないんですよね。
日本全体対国難ですから、これで間違っていないのかもしれません。

>あの国難には勝てなかったけど、今度は辛うじて引き分けまで持って来れた。
>樋口監督にとってもよいリベンジになったと思います。

それ、素敵な解釈ですね!

>それにしても、庵野監督のオリジナルシナリオが見事でした
>物語の個々の構成要素はどこかで語られたものばかりなのに、現実世界のリアリティを一貫させて再構築しています。

まさに、日本(現実)対ゴジラ(虚構)でした。
それでいて、ちゃんとゴジラ第1作を受け継いでいる。

>大量の情報を余計な説明抜きに惜しげもなく展開して先を急ぐ、豊饒さとスピードが素晴らしい。

何を言っているかつかめなくても、話に支障がない。
ゴジラの体の仕組みと対策はわかった方が良いのでしょうが、そこにこだわらせず、でもちゃんとクライマックスに盛り上がれる。
うまいなあと思いました。

>この台詞量は邦画でも圧倒的ではないでしょうか。

長谷川博巳さんがおっしゃっていましたが、早口で話さないとカットされるという話が俳優さんの間で囁かれ、みんな必死に話したとか。
市川実日子さんも淡々と、大量の専門用語を交えてセリフを言ってましたね。
もう、見事。

>かつての庵野監督の盟友岡田斗司夫氏も、俳優たちに下手な勝手解釈の演技をさせなかった、早口セリフ回しと短いカット割りを徹底した演出の勝利と批評しています。私も同感です。

私も同感です。
このゴジラの全てのセンスがすばらしいです。

>親子連れ映画のステロタイプを脱したことで、この構成と演出が可能になりました。

よく、子供、親子連れ、これまでのゴジラ映画に慣れた観客を意識した怪獣映画にしませんでしたよね。
もししていたら、やはり日本のゴジラ映画は幼稚だと言われてしまったかもしれません。

>いや、東宝のプロデューサーたちに脱帽します。

東宝さんにも、本当にお礼を言いたいです。
この作り方を許したのは英断だと思います。
これでハリウッドがまたゴジラを作っても、日本のゴジラはゴジラですばらしいと言えます。

いつも素敵なコメントありがとうございます。
2016年08月18日(Thu) 01:08












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