「シン・ゴジラ」に描かれる政治家・官僚

ゴジラの誕生は、核実験によるもの。
「シン・ゴジラ」のゴジラはかつて海底に廃棄された核のゴミが原因です。
映画で赤坂が言います。
「そう、生物です。自然災害ではない」と。

だから、殺すことができたはずでした。
ところがゴジラは人間の想定を超え、武器がまったく通用しない。
なぜここなのか、どうするつもりなのか。
そんな意思も、まったく見えない。

行動パターンといっても、ただ歩いているだけというセリフがありましたが、確かにそうです。
「何でこっちに来るんだよ」という苛立ったセリフもありましたが、本当にそうです。
何で?!
こういうところが、自然災害を思わせます。

自然災害を起こす神、荒ぶる神のようです。
カヨコが言います。
「まさに神」と。
このゴジラは自然災害を起こす、残酷な神の化身のようでした。

ゴジラはフィクションです。
でもまったくのフィクションでも現実味を帯びなければ、映画を観ていても怖くはない。
その点、「シン・ゴジラ」は、とてもリアルでした。
その理由のひとつに政府、官僚の描き方があったと思います。

「シン・ゴジラ」は自衛隊を出動させるまでに想定外の事態に対して、政府が会議に会議を重ねます。
この映画が怪獣映画、ゴジラ映画ではなくて戦争シュミレーション映画。
いや、災害シュミレーション映画と言われる理由でしょう。
ここに興味を持った人が多かったために、普段はゴジラ映画を観なかった人も劇場に足を運んだのではないでしょうか。

また、実力派俳優のみなさんが、いかにもいそうな閣僚たちを演じていました。
閣僚たちは想定外の事態に右往左往しながらも、対処をしていきました。
「えっ、上陸した?!」
「今、ここで決めるのか?」

「それ、どこの役所に言ったの?」
などと笑ってしまうような言葉があります。
だから、バカにしてしまうかもしれない。
しかし、それは観客がゴジラと言う存在が、とんでもないということを知っているからできること。

大河内総理は「自衛隊の弾丸は絶対に市民に向けてはならない」と、攻撃を中止させます。
今、ここで叩けばもしかしたら、撃退できたかもしれなくても。
…実際にできたかどうかは、あの進化を見るとわからないですが。

さらに官邸を退去する時、総理はここにいる義務があると言う。
自分が逃げるわけには行かないと。
これって本当は当たり前なのかもしれませんが、私は大河内総理に誠実さを感じました。
私はこの映画に、特定の方向に偏った感じや政治的思想的なものは感じませんでした。

でも閣僚や官僚の描き方に庵野監督の、現在の日本に対する感想が見えていたと思います。
共感できない映画は、つまらない。
「シン・ゴジラ」をつまらないと言う人の中には、こういうところに共感できないという人もいたのではないでしょうか。

庵野監督は、政治家や官僚たちを絶対的に正しいとは思っていない。
でもバカだとは思っていない。
まったく評価していないわけじゃない。

むしろ、優秀だと思っている。
実際に私なんかの想像も及ばないほど、すごい人たちでしょう。
その人たちは最後には私利私欲ではなく、日本のことを考えて動くと思っている。
信頼はしている。

さらには日本は、日本人がちゃんと守らなければならないと思っている。
軍備だけの問題じゃなくて。
こんな感じを抱きました。

やはりこの考え方は、幾度かの震災を経て、日本人が感じていることなのではないか。
少なくとも庵野監督の考えは、現在の多くの観客に共感されたんじゃないでしょうか。
そのために、この映画はヒットをしたのだと思っています。



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