翌日、利一は「よっこいないの」と言った。
「どこ行っちゃったんだよう、よっこ」。
宗吉は「表行って遊ぶんだ!」と叱った。

「よそで預かってもらったんだ」。
「言うこと聞かないと、お前もやっちゃうそ」。
利一が黙る。

「よっこいないの」。
今度は阿久津にしがみつく。
「もう帰ってこないの」。

阿久津が「どこ行ったんだ。ママんところか」と聞いた。
「ママんとこなんかじゃないね」。
「ん?ママんとこだろ」。
「違うね」。

宗吉とお梅の顔色が変わってくる。
「こら、仕事の邪魔すんじゃないよ」とお梅が言う。
「ねえ、よっこどこいったんだよ」とまた、阿久津に言う。

「ママんとこだろう」。
「違うね」。
「ねえ、どこ行ったんだよ」。
宗吉は利一を抱いて部屋につれ、放り出す。

お梅がビンを宗吉の前に置く。
「青酸カリ」。
銅板屋が置いて行ったものらしい。
少しずつ、だんだん弱るから、気づかれないとお梅は言う。

利一は、良子のようなわけにいかない。
年は6歳。
置き去りにしても、住所も言えるし、名前も言える。
気が進まない様子の宗吉にお梅は言う。

「あんたあいつの目、まともに見れる?」
「あいつの目は何もかも知ってる目だよ。庄二のことも、良子のことも」。
「あたしは今朝みたいなこと嫌だよ、心臓止まっちまうよ」とお梅は言った。
「あんただって、青い顔してたじゃないか」。

「でも庄二は俺じゃねえ」。
「あたしがやったっての。あたし一人に押し付ける気!」
「俺は何もしなかったし」。
「とぼけないでよ!」

お梅は宗吉を叩いた。
「あんた、片付いて助かったって顔してたじゃないか!「」
「あんただって、シートがずり落ちたら、って、そう考えてたじゃないか」。

「ちゃんとわかってんだから!いいよ、この際、チビのことはどうだって」。
「でもね、良子のことは、これっぽっちだってあたしゃ、知らないよ!あんたが一人で始末したんだから」。
そう言うとお梅は、「いやだいやだ!こんなのたくさんだ」と言った。

利一は一人で、商店街を歩いている。
駅に向かい、誰かの連れのようにくっついて改札を通る。
電車に乗り、男衾の駅に着く。

また、誰かの連れのような顔をして改札を通る。
元の家に戻る。
誰もいない。

利一は裏の山に上ると、隣の家の水浴びを見る。
親子の水遊び。
利一は、じっと見ている。
日が暮れて、橋を利一は一人で渡っている。

宗吉とお梅は、利一が暗くなっても戻らないので、パニックを起こしていた。
「冗談じゃないよ、あたし知らないよ。まさかあの女が連れ出したんじゃないだろうね」。
「そんな女じゃない」。
「ふん、あの女のこと、よくわかってんだね」。

「ほっとくの」。
「警察に届けるわけにいかないじゃないか」。
「しゃべりゃしないよ」。

2人は2階を探す。
はらり、と紙が落ちる。
「オニババ」と、お梅を描いた紙だった。

シートが落ちる。
宗吉が飛びのく。
シートが乗った背中を払う。
宗吉の肩から、紙が落ちる。

オルゴールの音がする。
凍り付く2人。
必死の形相で、オルゴールを探す。

庄二のオルゴールがある。
「ちきしょう!」
お梅がオルゴールを投げようとしたとき、パトカーが止まる。
「あんた…」。

利一は、パトカーに乗せられ、戻ってきた。
警官は、ちゃんと住所も言えたし、父親の名前も言えたと言う。
利一は自分を良子のように捨てるわけにはいかないことを、証明して見せたのだ。
殺すしか、ない…。

宗吉は上野動物園に行き、パンに青酸カリを混ぜる。
利一ははしゃいだ。
夕方になり、人気のない道路に宗吉は利一といた。
帰る前に、食べてしまおうと言って、宗吉は利一にパンを渡す。

利一が口にする。
しかし、「苦い」。
利一は吐き出してしまう。

「食えよ」。
「やだ」。
利一が顔をそむける。
「食べろよ!早く!食え!食え!」

宗吉が利一に食べさせようとして、もみ合っている。
横を、若い男女が通りかかる。
その異様さに、男女が立ち止まる。
我に返った宗吉は、座り込む。

利一が走って離れる。
男女は歩いていく。
離れていた利一が「帰ろうお父ちゃん」「帰ろう」と言ってくる。

宗吉は、泣き出した。
利一は宗吉の顔をのぞき込みながら「帰ろう」と言う。
宗吉は泣き続ける。

その晩、お梅は「熱海に錦ヶ浦ってあるだろう」と言う。
「飛び込んだら何日も死体が上がんないんだってさ」。
「うん、でもあの辺は車の量が多いからな」。
するとお梅は鋭い声で、「伊豆のあっち側だってどこだっていけるだろう!」と怒鳴った。

お梅は利一の服のメーカーのタグを、切っていた。
「こうやっときゃ、身元がわかんないからね」。
ぱちん。

翌日、宗吉は利一を連れて新幹線に乗った。
外を見ながら利一は「あ、駅止まんなかったよ」と言った。
「ああ、ケチな駅は止まんないんだよ」。

「あっ、東京タワーだ!」
利一が歓声をあげた。
「見える見えない」。
東京タワーが建物に隠れて、見えたり見えなかったりする。

「見える見えない」。
「見える見えない」。
「見える。ほら、見て見て!また見えた!」
うつむく宗吉。

お梅は汗を拭きながら、印刷機をかけていた。
新幹線が、一直線に進む。
「お父ちゃん、富士山!」とまた、利一が歓声を上げた。

車掌がやってくると宗吉は「あ、乗り越し」と声をかけた。
「この坊ちゃんは?坊やいくつ?」
「五つだよな」と、宗吉が言うと、利一はうなづく。

「父ちゃん、どこ行くの?よっこのとこ?」と利一は聞く。
着いたのは、福井だった。
利一の手を引いて宗吉は、東尋坊へ向かうバスに乗った。

「早く早く!海見ようよ!」
利一は、はしゃぐ。
海は、荒波だった。

利一は、崖の端の方まで行く。
海を見下ろす。
宗吉はその背中を、じっと見つめる。
海が光る。

その夜、居酒屋に宗吉は利一を連れて入った。
賑やかに太鼓が、たたかれている。
花火をしている親子を見ながら、利一は宗吉に手を引かれていく。

利一が立ち止まる。
「おい。行こう」と宗吉が声をかけるが、利一は動かない。
「行こうよ」。
利一は動かない。

夜の駅で利一は、宗吉の膝の上で眠っている。
能登のポスターが、宗吉の目に入る。
夜行で宗吉は、利一を連れて能登へ向かった。
宗吉は、夜の海を利一の手を引いて歩く。

翌朝、光の中、利一は海で遊んだ。
後ろから虫かごと網を持った宗吉が歩く。
また、夜。
漁船が海に出ている。

利一はテーブルの上を這う、2匹のヤドカリを見ている。
酔った宗吉は、利一を前に話し始める。
「父ちゃん花、まじめに仕事一本。脇目も振らず、一生懸命働いた。とおの時から働いたんだ、印刷屋で」。

「小僧のうちは追まわしって言って、人間扱いじゃなかった。つらかったなあ、石版磨きは」。
「石版に使う石に、砥石をかけてつるっつるに磨くんだ。何年も何年も。朝から晩まで」。
宗吉は磨く仕草をする。

「だから見ろ、指だってつるっつる」。
「つるっつる」と言って、利一の顔を撫でる。
利一がくすぐったそうに笑う。

「ははは、へへへ」と、宗吉も笑う。
「父ちゃん、石版の印刷にかけちゃ日本一。名人だぞ」。
宗吉は胸を張った。

「父ちゃんの父ちゃんはもう、生まれた時はいなかったんだ。どんな顔してたかな。六つの時、母ちゃんもどこか行っちまった。それっきりだ。へへへ」。
「それから父ちゃんは、あちこちの親類知り合い、順繰りにたらい回しだ。どこのうちでも貧乏で。どこのうちでも厄介者で。だあれも構ってくれねえ」。
「ふふふ、へへっ」と宗吉は笑った。

「ああ、着るものだっておめえ、恥ずかしいみたいな格好して。でも一番嫌だったのは…、弁当持たずに学校行くの」。
宗吉は遠い目をした。
目に涙が浮かんでくる。

「父ちゃん、昼飯の時間になると、1人で外に出んだ」。
「あの景色…」。
「…忘れんな」。
宗吉の声が、涙声になる。

「人のだあれもおらん、運動場…」。
「へへへっ」。
泣き笑いをしながら、宗吉は酒を飲む。
利一は横になっていた。

「利一、ねみいのか。おい」。
声をかけられて、利一は起き上がる。
「よし、さ、これ食べな」。
宗吉は枝豆を利一の口に運ぶ。

「印刷屋に奉公出て2年目にな、やっとお給金がいただけんだ」。
「そうすりゃ、まんじゅうも買えるし、うどんも食える。たんのしみで楽しみで、もうふたつきもみつきも前から、わくわくしてたよ」。
声に笑いが含まれる。

「ところがお給金の日に、父ちゃんだけ出ねえんだ」。
利一は父親を見ている。
「父ちゃんのこと、奉公に出したおじさんが父ちゃんの給金、そっくり前借りしちまってたんだ」。
「向こう何年分も、そっくり」。

「ガックリしちまった…」。
「そのおじさん、あちこちに借金してて、二進も三進もいかなくなって夜逃げしちまった」。
「父ちゃんのこと、奉公に出したまま」。

「捨て猫みてえに置いてきぼりだ」。
「ひでえもんだ…」。
「へへへっ」。

宗吉は泣きながら笑っていた。
「ひでえもん」。
「へへへっ、へへへへ。ひでえもんだよ」。
その夜、お梅もまんじりともせず起きていた。

翌朝。
宗吉と利一は、宿を出る。
宿の主人が「どうも、上りですか、下りですか」と聞いてきた。
「え、ええ」と、宗吉は口ごもる。

「お父ちゃん、見て見て!」と利一が呼ぶ。
「じゃ、どうも」と言って、宗吉は外に出る。
「お船に乗ろう」と、利一が言う。
「う、うん」。

2人は、小さな遊覧船に乗る。
「ほら、灯台だ」。
「あっちに島が見えるぞ」。
「おーい」と、利一が叫ぶ。

船を下りると、利一は海の方へ走っていく。
岩場だった。
「父ちゃん、ほら、カニ!」
「おお、いたか」。

バスが来る。
宗吉と利一が、乗っている。
バスが関乃鼻という停留所で止まる。

「父ちゃん、早く早く」と利一が急かす。
「利一、おい利一。あぶねえぞ」。
宗吉がそう言った時、利一が転んだのか、姿が見えなくなった。

「どうした!」
宗吉は思わず、駆け寄る。
崖の下は波の荒い海だった。

宗吉は利一に駆け寄って、助け起こした。
利一は、絶壁の端まで走って行く。
「あぶねえぞ」。
「大丈夫だよ」と、利一が言う。

「見てみて、ほら」。
利一が、崖の下を指さす。
宗吉は息を詰めて、下を見る。

岩に、波が激しく打ち付ける。
夕日の中、断崖に2人の影が黒く浮かび上がっている。
利一を抱き、宗吉は後ろに下がる。

夕日で赤く染まる海。
薄暗い中、バスが停留所に止まっている。
バスが、出て行く。

そのバスから少し離れた木の下で、宗吉がバスを見ている。
利一は、宗吉の膝に頭を乗せ、眠っていた。
「利一、利一」と、宗吉が言う。

「もう行かなきゃ」。
「起きな」。
何の抑揚もない、平らな声だった。

利一は眠っている。
宗吉は利一を、じっと見つめる。
利一を抱きかかえて、立ち上がる。

宗吉は、ふらふらと海のほうへ歩く。
夕日が沈んでいくところだった。
下は海。
岩を波が洗っている。

宗吉のジャケットが、落ちる。
利一は寝ている。
その顔に夕日が映る。
宗吉の顔にも夕日が映っている。

利一を抱いた宗吉のシルエットは、夕日の海に向かって黒く浮かんでいる。
次の瞬間。
宗吉は力尽きたように、手を下に伸ばした。
利一の姿が消える。

夕日が、海に沈んで、半分になっている。
波が岩を洗っている。
ざぶん。

波の音だけが、響く。
宗吉は虫取り網を海に向かって、投げた。
利一のかぶっていた帽子も投げる。

うろうろと辺りを探し、ジャケットを持った。
宗吉は暗くなりかけた道を、1人、引き返していく。
海は暗くなっていた。

翌朝。
日の光の中、パトカーが走る。
地元の消防隊員が「おうい、何か見つかったか」と叫んでいる。
「もうちょっと手前!」

派出所に利一が、寝かされている。
「子供だけ突き落とされたんだ。心中じゃないね」。
地元の漁師が、利一が松の根元に引っかかってるのを見つけて通報したのだ。
昨日バスで、父親らしいのが一緒だったのが目撃されていると派出所の警官は言った。

傷だらけの利一が、「うーん、うーん」とうなされる。
「おっかねえ夢見ているんだ。かわいそうになあ」。
利一を仰いでいる女性が「良かったねえ。この子はきっと、運の強い子だよ」と言う。

利一の着ていたシャツも、メーカーのタグが切ってある。
どうやっても事故ではないと、判断された。
シャツも靴も傷んでいる。

石けりの石が、ポケットに入っていた。
利一は、それだけしゃべったらしい。
「誰かをかばってるのかな」。

はい、と婦警さんが利一に、お菓子を出した。
利一は黙っている。
「仲良くしてくれないの?仲良くして!名前…、忘れた?」
「あきひろくん?はるきくん?…じゃあ、まさやくん!」

利一は、しゃべらない。
お年は?と聞かれると、指で7を示した。
「ねえ、坊やは五つじゃない。だってこないだ、お父さんと泊まった旅館、あそこで女中さんに五つって言ったじゃない。忘れちゃった?」

「良い子は嘘ついちゃ、だめじゃない」。
「お父さんと二人だったのね、どこから来たの?」
「汽車に乗ってきたんでしょ。お父さんの御用で?でなきゃ…、わかった!」

利一が、婦警を振り向いて見た。
「遊びに来たのね!そうでしょ!」
利一が、うなづく。

「ああ、やっぱりね。お船に乗ったでしょう」。
「海、綺麗だった?お船を下りて、そっからバスだったのよね?そしたら海の見える崖の上の原っぱに来たのよね?」
「そこで何して遊んだ?遊んだじゃない、何かして。教えて?」

婦警が、利一の肩に手をかける。
「ガッチャマン」。
初めて、利一が口を利く。
「ん?」

「ガッチャマン」。
「ああ、ガッチャマン。それから?」
「カニ、取ったの」。

「取ったカニは?」
利一が首を横に振る。
「それで?」
「眠くて」。

「ああ、眠っちゃったのね。それから?」
「落っこっちゃったの」。
そう言うと、利一は黙る。
刑事もため息をつく。

「おかしいじゃない、1人で落っこったなんて。眠ってる間に、ひとりでに歩いてったの?」
「そうじゃないわよね?起こしてくれなかった?お父さん」。
利一は黙っている。
「ねえ、思い出してよ」。

「眠ってる間にどうして、落っこちたか。お父さんどこ行ったのかな?」
利一は、正面を見ているだけだった。
「おうち帰っちゃったのかな?」
すると今度は、主任が厳しい口調で言い始める。

「坊や、なぜ黙ってんだ。今聞かれたこと、ほんとはみんな、知ってるんだろう?ん?」
「知っているのに黙っているのは、とってもいけないことなんだよ。うちのことだって、お父さんのことだって、言えるね?」
「坊やの知ってること、おじさんたち、ちゃんとわかってるんだぞ!言いなさい!」
だが利一は、じっと前を見たまま黙っている。

「いつも暑いすね」と、一人の男が刑事部屋に入って来る。
課長の名刺を持ってきた業者だ。
机の上に置いてってくれと言われた男が、別の机の上にあるものに、ふと、目を止める。

それを手に取る。
利一のポケットに入っていた石だった。
「どうかね」。
利一のそばにいた刑事が出てきたので、他の刑事が聞く。

「主任が頭にきてますよ」。
そう言った刑事が、男がいる机のそばにやってくる。
「おい、何見てるんだい」。

「お世話になってます。いやあ、珍しいものありますね」。
「ええ?珍しいものって?」
「かけらですけど、こりゃ石板に使う石材ですよ。今時珍しいなあ」。

そう言って男は「模様みたいなのが残ってますな」と言った。
「おい、これどんな模様か、印刷できるのか」。
刑事が色めきたつ。

「ええ?でも」。
「できるのかできないのか」。
「すいませんちょっと…、アラビア糊を敷いて、インキをかければどうかなあ」。

竹下印刷では、阿久津が挨拶をしていた。
お梅が「どうしても田舎に帰んなきゃいけないの」と、悲しそうに言う。
阿久津は、年寄りの面倒見なきゃいけないし、4つになる子供も喘息気味だしと言う。
今から出直しだと大変だが、やるしかないと言って、「お世話になりました」と挨拶をした。

道に出た阿久津を、刑事が呼び止めた。
宗吉が、階段下に座っている。
腑抜けたようだった。

「陽気のせいだね。気がつくと、あたしもボケーッとしてるよ…」。
お梅がしみじみ、言った。
水の音がする。

宗吉が顔をあげる。
立ち上がる。
「だけど、なんだな。みんな生きてくのに苦労してんだな」。
そう言って、機械を回し始める。

家の外に、刑事が立っている。
宗吉が見る。
目に恐怖の色が浮かぶ。

刑事が、2人になっている。
お梅が不思議そうに、宗吉を見る。
やって来る刑事。

今度はお梅が、刑事を見ている。
「竹下さんですね」。
宗吉が呆然としている。

新幹線の中。
刑事が「おかしな男だよ」と言う。
「自分が殺すところだったくせに、生きてたって聞いて本当に助かったって顔してやがる」。
トイレから出てきた宗吉が、手錠をかけられ、2人の刑事に挟まれて座る。

宗吉は能登南警察署に着いた。
「せがれを連れてきてやるからな」。
刑事が「チビはな、お前のことについちゃ完全黙秘。とにかく親の名前も住所も、どんな職業でどんな顔してるのか、どう脅してもだましてもすかしても絶対に口を割らなかったんだよ」。

「あんな目に遭いながらかばうなんて、やっぱり親子なんだよな」。
「おいっ、お前!良く罰が当たらなかったもんだな!」
「何て言って謝るんだ?」
「え?謝り切れないだろう!」

利一が婦警に、連れられてきた。
目に涙をためながら、微笑む宗吉。
利一が見ている。

「さあ、坊や。見てごらん。あの人」。
刑事が宗吉を指さす。
「知ってるよな?誰だか言ってごらん。ほらっ、さあ」。

利一は、黙っている。
「言いなさい。坊やのお父さんだろ」。
利一は、首を横に振る。
口を開ける宗吉。

「どうしたんだい坊や!もういいんだよ、ほんとのことを言っても。みんなわかったんだから」。
「な、坊やのお父さんだな」。
「違うよ父ちゃんじゃないよ」。

刑事は、利一の言葉に仰天した。
「坊や、何を言うんだ!え?どうしたんだよ、坊や!」
「父ちゃんなんかじゃないよ、知らない人」。

「父ちゃんじゃない」。
利一は、言いながら泣いていた。
「よその人だよ。知らないよ」。
「父ちゃんじゃないよ!」

利一は、泣きじゃくり始める。
立ち上がる宗吉。
利一の前に、膝まづく。

「勘弁してくれ利一」。
「勘弁してくれ利一」。
そう言うと、「おおおお」と泣き始める。

「利一」。
「うわああああ、利一、勘弁してくれ利一」。
宗吉は利一の足の上に頭を乗せ、這いつくばっていた。
「うわあああ、ああああああ」。

利一は、激しく泣きじゃくっていた。
「勘弁してくれ」。
「うう、ふううう」。
見ていた婦警も、刑事たちも沈黙していた。

「捨て子は今でも、多いですか」。
児童相談所の男に、刑事が聞いている。
「いや、多いと言うほどでは。それより若い親で、子を育てる能力と言うのか、育てる意思のないのが増えてねえ」。
男は仰ぎながら、言う。

そこに、利一が連れられてくる。
「どの養護施設も満員ですわ」。
「あ、もういいのかね」。
「ええ」。

涙を目にためた宗吉が、連行されてくる。
利一を見る。
立ち止まる。
笑いかける。

だが宗吉は、後ろから押されて歩き出す。
うなだれている。
留置所へ向かう扉が開かれる。

児童相談所の男は、利一に優しく話しかけた。
「坊や、坊やがこれから行くところにはね、坊やみたいな子が、何人もいるの。だから、すぐ友達ができるよ」。
児童相談所の、白い車が警察署の前に来る。

利一が中に入る。
婦警が優しく言う。
「男でしょ、元気出さなきゃだめよ!ママ、きっと見つかるわ。ママが迎えに来るまで良い子でいなきゃだめよ?わかった?」
利一が、うなづく。

児童相談所の車が、出て行く。
利一はその車の中で、じっと前を向いていた。
海沿いの道を、車は走っていく。
白い車は、利一を乗せて遠くなっていく…。


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2017.02.05 / Top↑
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