こたつねこカフェ

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幽霊はいるのかいないのか 「夢の島クルーズ」

「幻想ミッドナイト」、第1話「夢の島クルーズ」。


正幸は東京湾をクルーズするヨットの上にいた。
牛島という男のヨットだ。
「どう?最高だろう?」

牛島はそう聞いたが、正幸は小声で「…ざけんなよ」とつぶやいていた。
船室には美奈子がいた。
やってきた正幸は美奈子に「お前、昔とずいぶん男の趣味変わったんだな」と言った。

「そうかもね」。
「懐かしいとか言って、店に顔を出すようになったと思ったら」。
「これに引きずり込むのが、狙いだったのか」。

「ほんとに懐かしかったのよ」と美奈子は言う。
正幸は美奈子に「幸せか?」と聞いてみた。
「そうねえ…、最高に」。
美奈子は笑った。

夕暮れだった。
「榎吉くん、何がほしい?」
牛島が聞いた。

「君がほしいもんだよ。つまり、人生においてだよ」。
「あー、人生においてですか。そうだなあ」。
ヨットは進んでいく。

水面にロボットのおもちゃが浮いていた。
こんな沖に…。
それを見た正幸は「子供、かな」と言った。

「子供?あなた結婚してたっけ」と美奈子が聞いた。
「いや、同棲中、かな」。
牛島が言う。
「珍しいなあ、籍も入れてないのに子供がほしいなんて」。

「子供でもできれば結婚しようって、気にもなるじゃないですか。踏ん切りつくって言うか」。
だが美奈子は「どうしてそんな嘘つくの。子供ほしいなんて思ったことないじゃない」と言った。
「嘘じゃねえよ」。

牛島は「僕は子供なんかほしいとは思わないなあ」と言う。
「自分の人生、精一杯楽しみたい主義だからな」。
そして「結婚にしても子供にしても金がかかるぞ。幸せな人生には金が必要なんだ」と言う。

「君、女友達いるだろう」。
「場当たりですが」と正幸は答える。
「それに君はかなりモテる。君の言うことだったら信じたいって女、かなりいるだろう?」
「君がその気になれば絶対成功するって!」

「あなただってお金欲しいでしょう?」
美奈子も言う。
「マルチ商法やると友達なくすんですよ」。
正幸は乗らない。

「そういう奴何人も見てる」。
「そりゃ相手騙すからだよ!」
牛島の声は、全く悪びれていない。

さすがに正幸は言った。
「騙してるじゃん」。
「いや、違う。僕らが扱ってる商品は偽もんじゃないんだ。ほんとに効き目があるんだ」。

牛島は言う。
「相手に感謝するためにこの商品を扱ってるんだ。そう信じてやれば友達なくすなんてこと絶対にないよ」。
「そうよお」と美奈子も言う。

「榎吉くんだったら、この商品、いろんな人に紹介することができるだろう」。
正幸はうんざりし始めていた。
「そうやって今まで何人丸め込んだんですか」。

「ヨットに誘い出して語るふりして、やばいこと考えましたよね」。
「海の上なんて逃げ場ないし」。
「残念だけど、僕は遠慮しときます。詐欺の片棒なんてごめんだよ」。
「そりゃ誤解だよ」。

牛島が否定した時だった。
ドスン、
ガシャン。

異音が響いて、ヨットが止まった。
「どうしたんだろうな」。
「ガス欠ですか」。

正幸の言葉に牛島がムッとした。
「ガソリンはたっぷり入ってるよ!つまんないミスするわけないだろう」。
牛島は懐中電灯で、ヨットの下を照らしてみた。

水面はもう、暗い。
海に手を入れてみた。
「何だこれ?」

牛島は何かをつかんでいた。
「靴?」
子供が履く、布製のズック靴だった。

「ああ」。
「へえ」。
「舵んところにひっかかってたんだ」。

「これ、子供の靴ですね」と正幸が言った。
「子供の靴なんてこんなとこ、どうやって入って来たんだろう」。
「これ、ひっかかってたんすか?」

「良いから捨ててくれ」。
牛島が顔をそむけた。
靴のかかとには、マジックで「かずひろ」と書いてあった。

「これ、かずひろのだ」。
正幸が言った。
「この靴、かずひろくんのですよ」。

「捨ててくれないか!」
牛島が鋭い声を出した。
「どうしたんすか」。
「気持ち悪いだろう」。

正幸が靴を、ぽーんと海に投げた。
ポチャンと、音がした。
「かずひろくん、靴片っぽなくして、どっかで泣いてないですかねえ」。

正幸の言葉に牛島が「君の冗談は、ぜんっぜん、おもしろくないな」と不快そうな声を出した。
相変わらず、ヨットのエンジンはかからない。
冷えてきた。
美奈子はドレスの上に、赤い上着を羽織った。

牛島と美奈子は「どうしたの?なんで動かないのよ?」と言い始めた。
「おかしいなあ。どうして」。
「ちょっと待ってよ、考えるから」。

正幸が「無線は」と聞いた。
「無線はついてない」。
「ないんですか」と思わず、正幸が声をあげる。

「このぐらいの船にはついてないんだよ。必要ないから」。
「今、必要じゃないですか」・。
「ないものはないんだよ!」

「ねえ、どうなっちゃうの?」
美奈子が不安そうな声を出し始めた。
牛島が「何かキールに引っかかってる。それしか考えられない」と言った。

「何が」と正幸が尋ねる。
「わかんないよ!」
「どうする気ですか」。

「…潜るしかないよ」。
「潜る?」
「潜ってキールに引っかかってるの、はずすしかないだろう」。

「危なくないの」。
美奈子が心細そうに言う。
「船の上に牛島さんいなかったら、私が怖いわよ!流されちゃったらどうするの!」
「ねえ、どっか流されちゃうかもしれないじゃない!」

そう言うと、美奈子は正幸を見た。
牛島も見た。
「榎吉くん」。

「え?冗談、…冗談でしょう」。
正幸は、「俺はヨットのことなんか何にもわかんないんですから。困りますよそんなこと言われたって」と言った。
すると牛島は「良い!」と怒鳴った。
「自分で潜るから!」

真っ暗な水面にむかって、強いライトが当てられた。
牛島が水面に降りた。
ゴーグルをつけ、潜った。

それを見下ろしていた美奈子は正幸に「あなたって嫌な人」と言った。
「ええ?俺が潜りゃ良いってのかよ?」
「違うわよ。同棲なんてしてないくせに。何が子供ほしい、よ」。

「あの人、前の奥さんと子供がいたのよ」。
「ふうん、子供嫌いだって言ってたじゃない」。
「死なせたの」。

「どうして」。
「知らないわよ!」
美奈子はいら立った。

牛島は潜っていた。
何かが、引っかかっている。
たぐり寄せる。

水の向こうから、手が伸びた。
牛島の足がつかまれた。
顔が現れた。

まん丸で、皮膚がはがれている。
パニックを起こした牛島が、ゴボゴボと空気をはく。
水面に上がろうとするが、足を捕まれている。

もがく。
必死の思いで、牛島は浮上する。
牛島が溺れかけているのを見た美奈子は、「早くあげて!」と叫ぶ。

「あああ、ああああ」。
牛島は、悲鳴を上げ続ける。
船室に転がり込んだ。

正気を戻すため、正幸が牛島の頬を張った。
「牛島さん」。
ウイスキーを飲ませた。

「どうしたんです」。
「何があったんです」。
「何が」。

「何?ねえ、何がいたの!」
美奈子も叫ぶ。
「小さくて…」。

牛島がガチガチと震えながら、言った。
「ぶよぶよしてて」。
「子供がしがみついてきた」。

「キーツに子供がしがみついていて、俺引きずり込もうとした」。
「ここつかんで、引きずりこもうとした」。
泣き叫ぶように牛島が言った。

「やめてよ!」
美奈子も泣き叫ぶように言った。
「そんなこと言うの!」
「そんなこと言うの、やめてよー!」

美奈子はもう、泣いていた。
「悪い冗談だよ」と正幸がなだめる。
「嘘よ!」

牛島はうわごとのように言い続けた。
「破けた皮膚…。顔や手は風船みたいに膨らんで」。
正幸はため息をつくように「じゃあ、あれだ。靴は片っぽしか履いてなかったんだ」と言った。

「いや」と牛島は否定した。
「両方履いてた?」と正幸が聞く。
「いや」。

「ええ?」
「素足」。
「靴なんて、履いてなかった」。

そこまで聞くと正幸はついに吐き捨てるように「バカバカしい!」と言った。
「そんなことあって、たまるかよ!」
牛島が目をむいた。

「じゃお前、潜ってみろよ!」
「潜ってみろ!」
興奮した牛島に美奈子が「ねえ、大丈夫?」と聞いた。


夜は更けていく。
正幸が時計を見て「もう一時だ」と言った。
「ようし」。
正幸が立ち上がる。

美奈子が「どうするのよ」と聞く。
正幸が、着ていたパーカーを脱ぎだした。
大きなビニール袋に、脱いだ服を入れ始めた。

それを見た牛島は「お前、潜ってくれんのか!」とうれしそうな声を出した。
「そうか!何か見間違えたんだ。大丈夫!お前なら大丈夫!」
「何、都合の良いこと言ってんですか」。
正幸の声は冷たかった。

美奈子が聞く。
「何してんの」。
正幸は持ち物も全部、ビニール袋に入れていた。

「泳いで行く」。
「泳ぐ?」
「岸まで200mぐらいだから簡単ですよ」。

驚愕した牛島は「足引っ張られるぞ!」と叫んだ。
「今、自分で錯覚だったって言ったでしょう」。
正幸はもう、ウンザリしていた。

「そんなもの、いませんよ。そんなもの、…いてたまるか!」
もう正幸は、不快さを隠そうともしなかった。
「溺れるぞ」と牛島が脅した。

「溺れて死ぬぞ!」
「勝手に言っててください」。
正幸はビニール袋を体に結わいつけた。

「待って」と美奈子がすがる。
「ああ、最高だ!」
正幸は皮肉たっぷりに言った。

「おかげで最高の気分ですよ!だけどこれでお別れだ」。
「あんたらはあんたらだけで、最高の生活、楽しんでくださいよ」。
正幸は、そう吐き捨てた。

「見捨てるの!」
美奈子が鋭い声で聞いた。
「岸に着いたら、湾岸サービスに電話しておいてやるぞ」。

「死んじまうぞ!」
牛島が叫ぶ。
「おい!死んじまうぞ!」

さっさと甲板に出た正幸は、綺麗な弧を描いて飛びこむ。
のぞき込む美奈子を振り返り、「じゃあな!」と言った。
そして振り向きもせず、泳ぎ始める。

先には、灯りがずらりと灯っている。
正幸の姿が、遠ざかって行く。
真っ暗な海を、正幸は泳ぎ続ける。

ふと、正幸は昼間、拾った靴を思い出した。
かずひろ。
黒のマジックで、かかとに書いてあった文字。

正幸の足が、水中で上下する。
『俺を引きずり込もうと』。
牛島の声を思い出す。

海の中、何がか近づいてくる。
手が伸びた。
正幸は、足を捕まれた。

水中に引きずり込まれそうになる。
バシャバシャと正幸は、抵抗する。
自分の足をつかんでいる手をつかむ。

正幸がつかんだのは、海藻だった。
「ちっ」。
思わず、正幸が舌打ちをする。

つかんでいた海藻を、海に向かって投げる。
そして再び泳ぎだす。
やがて、テトラポットに手が届いた。

正幸は水からあがる。
水が全身から、滴り落ちる。
ピチャン、ピチャンと音がする。

正幸はテトラポットの上に上がった。
息を切らしている。
大きく息をして、ホッとする。

海の方を見ると、沖にはヨットがいる。
「あー、やった」と思わず声が出る。
上に登ろうとした正幸の視線が、止まった。

かがみこむ。
手を伸ばす。
靴だ。

正幸の手には、布製のズック靴があった。
かずひろ。
かかとには、黒いマジックで「かずひろ」と書いてあった。

「だからか」。
「だから両足とも裸足だったんだ」。
正幸は独り言を言った。
「こんなとこに引っかかってたんじゃ、いっくら探しても見つかんねえよなあ」。

正幸は大きく息を吐いた。
「ほらあっ!」
そう言うと、靴を海に向かって投げる。

ズック靴は大きく、綺麗に弧を描いて海に落ちた。
「返したぞお!」
正幸は、海に向かって声をあげた。
そして、背を向けて去る。

夜の海。
浮いているズック靴。
ちゃぽん。

音がした。
水中から、紫色に変色したボロボロの腕が出た。
靴をつかんで沈む。
あとは音も立てない海が、静まり返っていた。



前にも書いたんですが、土曜の夜24時から放送していた「幻想ミッドナイト」。
第1回は「リング」の原作者の鈴木光司さんの作品「夢の島クルーズ」。
再放送もないし、DVDも発売されていないし、二度と見ることはできないんだろうなと思ってました。

そうしたら、DVDが発売されていたんですね。
再見しました。
企画から総合プロデューサーを勤めた、飯田譲二さんは「後に残るような作品にしたかった」そうです。

こうして見ると、良い作品があります。
97年の土曜の深夜放送。
もう、今から20年も前の放送だったんですね。

正幸は、高橋克典さん。
ドラマ版「リング」を飯田さんが手がけ、高橋さんが出演した縁でもう一度出演してもらったそうです。
実際に夜の東京湾を泳いだ、ハードな撮影だったとか。

美奈子は、本田美奈子さん。
牛島は、矢島健一さん。
みなさん、若いです。

詳しい描写はないんですが、前にも書いた通り、想像をさせるうまい演出です。
牛島の妻の美奈子と正幸は、過去に付き合っていた感じです。
正幸は美奈子にこだわりがあるわけではないけど、ヨットに誘われたから来てみた。
いや、美奈子の顔をつぶさないように来たのかもしれません。

そして牛島に子供がいたという話。
お金儲けのためなら、人を騙しても平気なほど荒んだ牛島。
これも詳しい描写はされていませんが、子供の靴を見つけた時の牛島の不快そうな様子。
最初の妻との破たんといい、何かがあったんだなとわかります。

それがマルチ商法の片棒を担がされる目的で、ウンザリした。
品行方正な女性ではなかったにしろ、美奈子がそんな片棒を担いでいることにもウンザリした。
正幸も品行方正とは言えないけれど、悪党ではない。

でもこの牛島の商売は、いずれ破たんすると思いますね。
ヨットに無線がない。
海に出るヨットなのに、連絡するための装置をつけていない。

必要ないと言いながら、必要でないわけではない。
肝心なところで、セーフネットがない。
そういう人がやっている商売ですから。

飯田譲二さんはこの原作の、「幽霊はいるのかいないのか」という描き方にひかれたそうです。
「そういうことは人の意識に作用されるんじゃないか」ということを的確に描いている。
恐怖を感じていればそれはいることになるし、何も感じない者にはいない。

牛島には、幽霊が感じられる。
それはおそらく、牛島の過去によるもの。
だが正幸には何もない。
そのため、正幸にとっては幽霊はいない。

だが途中、夜の海を泳いでいる時に正幸は不安になる。
その時、幽霊は実体になって正幸の前に現れる。
しかし、気力で「それ」をつかんだ正幸の前には、やっぱり幽霊はいなくなる。

山岸涼子の「海底より」もそんな感じですね。
生きる気力がなくなっている主人公は、海の中に引きずり込まれそうになる。
だけど気を強く持っている青年が「負けるもんか」と思った瞬間に、「それ」は消える。

「そんなものいるわけないでしょ」と言い放った正幸の前に、片方のズック靴が現れる。
正幸はそれを恐怖を持って、見つめない。
子供への思いやりで、正幸は靴を返してやる。

最後に靴が浮いたままにならず、何かがつかんで海に帰って行く。
これはうまい、怖いラスト。
うまくまとめたと思います。


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