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僕は泣きながら、歩きながら、近未来の夢を見ていた 「夏の夜の獏」

大島弓子さんの「夏の夜の獏」。


人は誕生日から自動的に年を取る実年齢と、その人の精神が指し示す精神年齢とがある。
僕は8歳だが、この間精神年齢のみ以上発達を遂げて成人してしまった。
僕から見れば80歳の老人でも精神力がなければ、1歳の幼児になる。
この話は僕の目から見た精神年齢の世界である。

憂えるなかれ。
僕の周りはほとんどが子供なのである。
僕はまるでガリバーのようだ。

「夏の夜の獏。
主人公、羽山走次くんは8歳の子供。
しかし精神年齢は成人。

彼は子供のクラスの中、1人大人がいる状態なのでした。
「羽山君、お掃除終わったら先生のところに来るように」。
そう言った女教師までが、子供の姿。

教師は「羽山君、先生はね、作文を書いていらっしゃいって言ったの」と言った。
「何かの本を写してきたのはダメよ」。
「そういうの、盗作って言うのよ」。
「ああ、盗作ってわかんないか、あのね」。

走次は言った。
「盗作ではありません。換骨奪胎でもありません」。
「お疑いになるんでしたら世界中の書物を調べてくだされば、わかります」。

教師は思った。
あの、くそなまいきな 許しがたい。
…という具合に、教師からは嫌われている。

教室に戻れば、トイレのモップが机の上に放置されている。
「…しょうのない子供たちだ」。
あきれた走次はそれを、トイレに戻しに行く。

これを子供たちは鋭く、本能で嫌う。
彼らは僕の態度が、すごく勘にさわっている。
しょうがないだろう、君たちとは年齢が違うんだから。

追いかけて来る子供たち。
逃げよう、いじめには付き合いたくない。
僕の家族はサラリーマンの父と、サラリーマンの母と。
先月家出した19歳の兄貴と、母方のぼけて寝たきりのおじいちゃんと。

おじいちゃんのケアのため、毎日家に来る青井小箱さんで成り立っている。
僕が家に帰ると、いつも小箱さんが迎えてくれる。
「おかえりなさい」。

「よお」。
小学生姿の兄がいる。
「お兄ちゃん?!帰ってたの!」
「表にオートバイがなかったけど」。

「売っちまったい。当面の生活費の足しによ」。
売った?!
あんなに好きだったのに。

走次は兄を抱きしめる。
「そりゃどんなにつらかったろう」。
「やめろよ、何すんだよ」。
お兄ちゃんは愛情に慣れてない。

小箱さんに、おじいちゃんがしがみついた。
そのしがみつき方に、異変を感じたお兄ちゃんはおじいちゃんを突き飛ばした。
「おじいちゃんはあたしにしがみついただけよ」。

「ああ、そうかい。それじゃあ、せっせと励んでじいさんの後妻にでもなったらどうだい」。
お兄ちゃんはそう言った。
小箱さんは、お兄ちゃんをひっぱたいた。

これはどう見たって、加害者であるお兄ちゃんの方が痛みが大きい。
お兄ちゃんは小箱さんをかばったのに。
「もう行くの?」
「帰るんだよ」。

お兄ちゃんが、帰り支度している。
玄関で、靴を履いている。
お兄ちゃんの後姿は、いつも寂しい。
いつも誰かをかばって傷つくんだ。

大げさが好きなおじいちゃんは、寝たふりしているとほんとに寝てしまう。
小箱さんは実年齢も精神年齢も同時にすこやかに発育した二十歳で、僕は学校から帰ってこうして小箱さんと過ごす時間が一番好きだ。
夜は夜学生となるので、7時には帰ってしまう。

「お父さんかお母さんがおかえりになるまでは、戸締りはしっかりしておくのよ。じゃあ、またね」。
そう言って、小箱さんは帰って行く。
今日は金曜日だから、小箱さんは来週の月曜日まで来ない。

しーん、とした家の中。
『この静けさが僕を大人にしたのだ』。
おじいちゃんが起きて来て、冷蔵庫を開ける。

冷蔵庫の光が、美しい…と言う。
さっき、小箱さんにご飯、食べさせてもらったのに。
「腹が減っては戦ができぬ」。
「何の戦があるの」。

僕はおじいちゃんの妄想を聞くのが、好きだ。
おじいちゃんはこの家を海にしたり、戦場にしたり、見たこともない人を招いたり、花畑にする。
たいていはつじつまの合わないものなんだけど、時々このようにまともになることがある。
「それはお前、日本のことわざじゃ。腹すいては何にもできぬ、ということじゃ」。

ピンポーン。
あ、帰って来た。
お父さんかな、お母さんかな。

お父さんだ、おかえりー。
スーツ姿に子供の父親が、立っている。
お父さんは夕食は外で食べて、少しお酒を飲んで帰って来る。
それからお風呂に入って、またお酒を飲んで寝てしまう。

「お父さん、今日お兄ちゃんが帰って来た」。
お父さんは、今の言葉を無視した。
お父さんは、お兄ちゃんに深く傷ついているのだった。

それはお兄ちゃんは「ブタは豚小屋行ってブーブー言え」と言ったからだ。
「親に向かって、豚とはなんだ!」
「勘当だ」。
「あ、出てってやる」。

…と言って、お兄ちゃんは家出したのである。
「ただいま」。
やはりスーツ姿に、子供の姿の母親。

お母さんも、お兄ちゃんには傷ついたのだ。
家出を止めるとお兄ちゃんは、「あんたも同じ穴のむじなだろう」と言ったのだ。
「むじな。同じ穴のむじな、軽蔑している夫と同じ」。

しかし僕は思う。
相手をなじる時、動物を出すのは人間の恥だと。
走次は豚もむじなも好きだよと言ったが、父親も母親も傷ついただけだった。

お母さんは教師に、走次くんに作文を書き直させてくださいと言われたらしい。
だから目の前で、作文を書けと言う。
「えー」。

「忙しいんだから手こずらせないでよ。みんなに合わせることも大切よ」。
「あたしが明日学校へ届けるって、約束しちゃったんだから」。
お母さんは僕の言い分を聞こうとしないが、これは変だ。

お母さんは教師を信用したなら、なぜ僕を叱らないのだろう。
教師を信用しないとしたらなぜその通り、させようとするのだろう。
「あんたが書くまでお母さん、ご飯も食べない」。
「何を描こうか考えてたんだ」。

「そお。じゃあお母さんご飯食べる。お腹すいてたのよ」。
なんなんだ。
なんなんだ。
なんなんだ。

バタン。
お父さんがお風呂から出る音。
バタン。
お父さんが部屋に入る音。

お父さんとお母さんは、言葉を交わさない。
走次は、作文を書いた。
輪廻転生についてだった。

みんなから嫌われているゴキブリやハエや蚊は死んだら、オゾン層に生まれ変わると思う。
フロンガスに弱い彼ら。
僕らは、彼らを二度殺してしまう。
だけどゴキブリはどんどん増えて、どんどん死んで、そして地球を守っている。

教師は作文を返しながら、皆さんの中に本を写す人がいますがそれは止めましょうと言った。
クラスの子たちは、羽山のことだと言い始めた。
空気が、まずくなってくる。

走次の靴が隠されていた。
上履きで外に出ると、土が詰まった靴があった。
近寄ったら、上から水をかけられた。

帰ると小箱さんが「どうしたの」と聞く。
水かけ遊びと、三段跳びを一度にやったので、と走次は答える。
小箱さんは、いじめを想定しない。

そういうところすごく好きだ。
すごく助かる。
すごく楽だ。

おにいちゃんがまた来ていた。
走次がシャワーを浴びて出て来ると、小箱さんが乾かしながら走次の作文を読んでしまったと言った。
小箱さんも毛嫌いした?
盗作だと思った?

だが小箱さんは言った。
「走次くん、素敵じゃない!」
「大きくなったら何になるの。文章家になってよ」。
「そしてもっともっと楽しみをあたしたちに分けてくれない?!」

「え」。
走次は真っ赤になった。
「そうします」。

「おいっ」と、おじいちゃんが怒った。
「はい」と、走次が笑顔で返事した。
「お前じゃないわい!」

小箱さんにおじいちゃんは「お前だっつうの、聞こえんのか」と言った。
おじいちゃんは小箱さんが、自分以外の人を誉めると怒ってしまう。
「はいはい」と小箱さんが返事する。

「背中が痒い」。
おじいちゃんは小箱さんを独占しておきたいのだ。

素敵じゃない!
大きくなったら何になるの。
文章家になってよ。
そしてもっともっと楽しみをあたしたちに分けてくれない?

僕は一晩中、この言葉の再生をやっていた。
明け方には意味が擦り切れてしまったが、幸福感だけはたっぷりと後に残った。
おじいちゃんがこんなにボケていない頃、僕はお母さんとお兄ちゃんとおじいちゃんと4人でハイキングに行ったことがある。

7月の木漏れ日の中で、僕らはお弁当を食べた。
日曜日だったのに、お父さんは来なかった。
僕は林の中でセミの抜け殻を見つけて、お父さんのおみやげにした。

「ありがとう」。
走次からセミの抜け殻を受け取ったお父さんが、そう言った。
お父さんがありがとうという言葉を使ったのは、後にも先にもその時だけだと思う。

土曜日の朝、お父さんは突然、走次にデパートの昆虫展に行こうと言った。
「土日はいつもゴルフじゃないの」。
「今日は昆虫展、明日はゴルフ。行くのか行かないのか」。
「行くっ!」

精神年齢の成人でも、昆虫は大好きだ。
走次がカブトムシを見ていると、お父さんが呼んだ。
すると、ロングヘアのニコニコした女性、いや、子供がいた。

「お父さんの会社のOLの平野さん。偶然出会ったんだ。お茶でも一緒に飲まないか」。
「走次くんのこと、時々伺ってます。心の優しい良い子なんですってね」。
「あたし、子供だーいすき」。

「僕はビール。君もビールで良いか。走次はパフェで良いか」。
お父さんが僕なんて一人称使ったの、初めて聞いた
「あなたのお父さん、お家ではワンマンなんですって。でもね、本当はすっごいあまえんぼさん。すっごくかわいいの」。
知ってます、可愛いかどうかは別ですが。

走次は帰り道、父親に聞いた。
「お父さん、あの人のことお母さんに話していいの?」
にやり。
「言論は自由だろ」。

お父さんは意地悪く笑った。
お父さんはパチンコに寄って行くと言って、走次は一人で帰った。
土日は小箱さんが休み。

お母さんにお父さんは駅前のパチンコ屋に行ったよと言った。
するとお母さんは「どうせそのパチンコを素通りしてまた電車に乗ったでしょうよ」と答えた。
どういう駆け引きを、この人たちはしてるんだ。

お父さんは夜中に帰ってきて、翌日はゴルフに行った。
ゴルフ場を素通りするのかもしれないが。
今度はお母さんがお昼を食べたら、恐竜展に行こうと言った。

「行くっ行くっ行くっ」。
僕は恐竜を愛してる。
おじいちゃんは小箱さんがいないが、大丈夫だろうと言うことになった。

でも考えてみれば、お母さんは恐竜の卵にロマンは感じる人ではなかった。
「走次」と母親が呼ぶ。
「偶然そこで出会ったの。お母さんの会社の上司の五味さん」。

そこにはおじいさんみたいな人が、立っていた。
「こんにちは、走次くん」。
偶然って、二度目になると野暮だよね。

その人は家で、ブロントザウルスを作っていると言った。
走次はビックリしたが、それは模型の話だった。
3階までの、吹き抜けのリビングに置くつもりなんだと言う。
「ブロンディは形として完璧だ。猫のように美しい」。

お母さんはウットリしながら、話を聞いていた。
わかった。
これは離婚の前兆だ。

お父さんとお母さんは、そのきっかけを作ろうとしている。
そしてそのきっかけをもとに、大ゲンカして別れるつもりだ。
別れた後、それぞれの相手が家に来いと僕を招待しているのだ。

そうだ。
どちらにも招待されなかった人が、2人いる。
お兄ちゃんとおじいちゃんだ。

僕は一生、口をつぐむ。
パフェ女のことも恐竜男のことも。
僕が黙っていれば、最悪の夫婦の決裂の事態は免れるかもしれない。

しかし帰宅すると、おじいちゃんがいなかった。
走次とお母さんは、おじいちゃんを探し回った。
ふとんが冷たいので、ずいぶん前にいなくなったのだ。

坂から転げ落ちたら。
車道に出たら車にひかれる。
おじいちゃんは、公園の池のそばで泣いていた。

お母さんを呼んでくると、おじいちゃんはそこで眠ってしまっていた。
おじいちゃんを家に連れて帰ると、お父さんが帰って来た。
「病人をほっといて出かけるからだろ」。

お父さんはそれだけ言った。
それを言われると一言もないけど、お父さんだってゴルフに行っただろう。
そんなこと言ってるまに、ちょっと手を貸してよ、おじいちゃん重いんだから。

お父さんは、手を貸そうとしなかった。
お母さんは、一言も口をきかなかった。
おじいちゃんが起きた。

「妾のところに行く」。
お母さんは、目を丸くした。
中学の教師をしていたおじいちゃんは、まじめな人だった。
妾なんか、いるわけがない。

「すまん、わしにはいるのじゃ。小箱じゃ」。
「小箱は、かわいい」とおじいちゃんは言った。
おじいちゃんの妄想話は好きだけど、それだけは嫌だっ!

お母さんは良くやってくれてるから、何かあると思ったと言い始めた。
お父さんは小箱と言う名前が芸子のようだから、昔売れっ子だった芸子がいるんだろうと言った。
おじいちゃんは願望と、妄想が一緒になっているんだと。

本当か嘘か聞くと言うお母さんに、お父さんは、今更相続を分散させたいのかと反対した。
じいさんが何を言っても証拠がないんだと。
でも母親は心情的に嫌だ、辞めさせたいと言い始めた。

「僕は嫌だよ」。
「おじいちゃんの夢物語で小箱さんをやめさせたりしたら、僕は家出する!」
「家出して自殺する!」
「彼女がいなくなったら僕は自殺する」。

「嘘でないよ!」
お父さんもお母さんも、ビックリしていた。
わかったとお父さんは言った。

翌日、小箱さんは熱を出して休んだ。
走次は、お見舞いに行った。
一本だけ買えたので、バラの花を持って行った。

学校は記念日で休みと言った。
ずる休みだが、そのことは内緒にした。
「ありがとう」。

そう言って小箱さんは、涙をこぼした。
走次は驚いて、うろたえた。
小箱さんのために走次はタオルを冷やしたり水枕を作ったり、した。

午後2時ごろ、ドタドタという足音が響いた。
どこの人だろう、もう少し静かに階段を上がってくればいいのにと思った。
お兄ちゃんだった。
「走太郎さん」と、小箱さんは言った。

お兄ちゃんは手ぶらだった。
バラを持ってきた走次は、ちょっと優越感に浸った。
「なんだ、お前いたのか」。

お兄ちゃんは走次がずる休みをしたことを、小箱さんの前で言わなかった。
お兄ちゃんは案外、未来性のある愚か者かもしれない。
走次が目を覚ますと、小箱さんのベッドで小箱さんの隣にいた。
お兄ちゃんが置いて来たのだ。

「この色男、目が覚めたら家に帰れ。俺はバイトに行く」。
お兄ちゃんのメモには、そう書いてあった。
走次は真っ赤になったが、小箱さんの寝顔を見てうれしくなった。

スキップして家に帰ったら、母親が「どこ行ってたの!」と怒鳴った。
走次は将来、このことを書こうと思った。
これで芥川賞を取ろう。
そして、「小箱さんに捧ぐ」としようと思った。

小箱さんはまた、家に来るようになった。
走次は学校で階段から落とされたりしたが、小箱さんが待っていると思うと平気だった。
「たっだいまー!」
しかし帰ると、小箱さんが慌てていた。

おじいちゃんの呼吸が少なくなって、医者が来ていた。
お父さんにもお母さんにもお兄ちゃんにも、連絡が行った。
すると、おじいちゃんが目を覚ました。

「今、金色の大きな輪の中にいた」と、おじいちゃんは言う。
「そら、いつか、お前の作文のオゾン層とか言う、あれのことじゃよ」。
「そこのみんながわしに来いと言うので、わしも悪い気がしなくて、ちょっと家のものに、いとまごいをしてくると言って、降りて来たんだ」。
「それじゃ皆のもの、長い間ありがとう。さようなら」。

おじいちゃんはそう言うと、目を閉じた。
もう、目を開けなかった。
ご臨終ですと、医者は言った。

ええーっ!
おじいちゃんはもう何もしゃべらないし、もう何もほしがらない。
「羽山家」という、お葬式の案内が貼られている。

うちのポスターはできちゃうし。
着飾ったお坊さんは来るし。
人は次々に集まるし。

「掛け軸があるはずよ」。
「ロレックスの時計ね」。
「古伊万里のツボはお前にやると言ってたんだ、昔から」。
ここではオークションを開いているし。

お寿司は来るし。
花はどんどん増えるしさ。
小箱さんも、弔問にやってきた。
休んだ時のように、小箱さんは青い顔をしていた。

突然、口元を抑え、トイレに駆け込んだ。
親戚の一人が「大丈夫?つわりじゃないの」と言った。
「はい。二ヶ月です」。
「この子は、ここの家族です」。

「え?」
「やっぱりおじいちゃんが」。
「だから早く辞めさせておけば良かったのよ」と、お母さんは思った。

しかし小箱さんは走次に「走次くんはこの子のおじさんになるのよ」と言った。
え?
走太郎…、のかっ?!

すくっと立ち上がったお兄ちゃんは、大人の姿だった。
小箱さんの横に立つと言った。
「俺たち、結婚します」。

走次は思い出していた。
お兄ちゃんが遊びで、走次をオートバイに乗せた時のことを。
「しっかりつかまってろよ、手を放したら死ぬぞ!」

走次は途中でやめてと叫んだが、お兄ちゃんには聞こえなかった。
声がうまく出なくて、自転車のブレーキのような声を出した。
今、あの時のような気持ちです。

お兄ちゃんはあの時、手ぶらだった。
僕は花を買う余裕があった。
だけどお兄ちゃんにはなかった。
その点で、僕は負けていたんだ。

おじいちゃんは煙になって、空に行った。
おじいちゃんは、地球を守るオゾン層になったわけだ。
お父さんとお母さんの離婚は、おじいちゃんがなくなったら決行すると内定していたらしい。

じゃあ、僕の口つぐみ離婚阻止作戦は一体何だったんだ。
何にもならない。
お父さんはさらに玩具を。
お母さんはさらに保護者を手に入れるだけだ。

同級生が「これ食って見な」とゴミを持ってきた。
ああ、それはね、食べ物ではない。
生ごみと言うんだよ。

「ほれ、食ったら通してやる」。
わかりました。
いただきましょう。
走次はそれを手に取ると、同級生にぶつけた。

ケンカになった
小箱さんがいない今、死んだってかまわねーや。
ちくしょう。

走次を見た小箱さんは「まあ、ケンカしたの」と小箱さんは言った。
それで勝ったって言いに来たんだけど、精神年齢二十歳の取る行動じゃないような気がする。
「走次くん、お父さんのマンションとお母さんの三階建ての家と、どちらに行くの」と小箱さんは聞いた。
「両方だよ」。

「パフェも好きだし、恐竜も好きだし、家が2つになっちゃってさ」と走次は笑った。
「3個よ」。
「マンションと3階建てと、このアパート。いつでも帰ってきて良いんだからね」。

小箱さんの言葉に走次は、「うん、ここ、別荘にする」と笑った。
それから間もなく、僕は引っ越した。
まずは恐竜の家に泊まっている。

今までの家はすぐに買い取られて、新しい入居者も決まっているそうだ。
学校は同じ小学校だが、いじめがなくなった。
それどころかこの頃、遊びに誘われる。
しかしその遊びが戦争ごっこやプロレスじゃ、以前のように逃げ回っていた方がずっと楽だったような気がする。

ラブレターも、もらった。
走次は、ストレスでクタクタ。
「ただいまあ、おなかすいたあ」と言った。
そして、気が付いた。

前の家に帰ってきていた。
あ、ここはもう、僕んちじゃないんだ。
走次は家を見上げた。

「おかえりなさい」と、小箱さんが言っていた。
「ただいま」と、お母さんが言っていた。
「ゆうげじゃ」と、おじいちゃんが言っていた。

「ただいま」と、お父さんが言っていた。
「おー」と、お兄ちゃんが笑っていた。
走次は走り出した。
かつての自分の家が遠くなる。

家はいつまでも、こちらを見ていた。
いつまでもいつまでも、こちらを見ていた。
涙が出てきた。

どんどん、どんどん、出てきた。
泣くんじゃない。
泣いたら子供だぞ。
声を出して泣くのは子供だけだぞ。

しかし、走次はしゃがみこんだ。
両手で顔を覆った。
その姿は、8歳の子供だった。
走次は大きな声で泣き始めた。

いいんだ
僕は現実には8歳の子供であるからいいんだ
迷子のように泣いてもいいんだ

通りを泣きながら歩く走次を、通行人が振り返る。
会社員も、子供連れも見ている。
12年後の西暦2000年に、僕は本物の二十歳になるんだから。
僕は大通りを消防車のサイレンのように泣きながら、歩きながら、近未来の夢を見ていた。


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