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あの時

あの日、なぜか私は熱を出しました。
それも午前中だけ。
午後になったら、熱はけろっと下がって元気になりました。

それはもう、仮病じゃないのかと思われるほど。
昼ご飯を食べて、テレビをつけました。
すると、テレビではすごい騒ぎになっていた…。
95年、地下鉄サリン事件。

7月6日、あの事件で死刑判決を受けた7人の刑が執行されました。
私は、被害が出た路線は使っていなかったけど。
友人のお父さんの同僚のお子さん、ちょっとややこしい関係ですが。
その方のお子さんが、あの地下鉄に乗っていたんですね。

友人たちと、ディズニーランドに行くところだった。
座っていたらなぜか、頭の中で「座るな」という声が聞こえたんだそう。
「座るな」「立って」「電車から降りて」。

降りたら、待ち合わせに間に合わなくなる。
でもなぜか、降りなくてはいけないという気になったんだそうです。
本能が告げた、危機だったんでしょうか。

電車のドアの前まで行った。
ここで記憶は、ない。
目が覚めたら、病院の部屋の天井が見えた。
ICUだったそうです。

辺りが暗かった。
夕方か、電気をつけないのかと思ったら、朝で明るかった。
自分の目が、視界が暗くなっているのだとわかった。

同じ車両の人は、亡くなっていた。
その時、自分が身につけていた服、バッグ、時計、靴。
全部、廃棄して良いかと聞かれたそうです。

幸い、元に戻りましたが、医師は目を一番、気にしていたそうです。
同じ車両の人のことは、うっすらと記憶にあった。
あの誰かが、死んでしまったのか。
その車両に乗っていただけで。

なぜ、サリンなどというもので攻撃されるのか。
どうしてそんな悪意と憎悪を、向けられなきゃならなかったのか。
後遺症は残らなかったけど、深刻な後遺症が残ってしまった人もいた。
自分がそうなっていた可能性は高いと思ったそうです。

何の罪の意識もない顔に見える、事件を起こした犯人たち。
教祖。
電車の光景が蘇る。

座っていた人たち。
立っていた人たち。
あの人たちが、お前に何かしたか。

ただ電車に乗っていただけのあの人たちが、殺された。
そのお子さんは、最後の方まで入院していました。
家に戻ると、ペットが喜んでくれた。

あの車両にいた人たち。
自分と同じように、何の疑いもなく、また帰って来るのが当たり前のように家を出たはず。
帰って来るのが当たり前と思っていた家族が、ペットが家にいたはず。

そう考えると、テレビに映る犯人たち、教祖が憎かった。
私も当時、たまに利用していた駅で、坂本弁護士一家を探すビラを配っていました。
まさか…と思いました。

マッサージとか、ヨガとか、体に良いことでしょう?
お金を払う側が「ありがとうございました」と言われるんじゃなく、「ありがとう!」って言うでしょう?
あの教祖、麻原彰晃はそういうことができた人でしょう。
もうね、たまになぜこの才能をこんなことに使ったのかと思うような事件があるけど、この人もそう。

これは一つの区切りではあるけど、被害者の方の苦しみは終わらない。
死刑に対しては、いろんな考えがある。
でも、誰かの死を願わなきゃいけないような状態に置かれる。
それって、ものすごくつらいことだと思いますよ。



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Comment

あの男は
編集
教祖なら「全てが私の責任です。信者たちは私の指示に従ってしまっただけなんです」ぐらいの事は言ってほしかった。でも、実際には裁判では部下に責任をなすりつけて、自分の罪を少しでも軽くしようとばかりしていたようです。収監後も狂人のふりをして刑の執行を逃れようとしていたとか。
とことん見下げ果てたやつです。
人が人の死をもって罰するという事については、軽はずみに賛同も反対も出来ないのですが、この男に関二sては、ようやく地獄に落ちやがったか、ざまあみやがれ!!!という思いが強いですね。

あの日千代田線に乗って、何故か霞が関は通過してしまい、出勤して会社でTVを見せられてあの惨状を知った時の恐怖、足立区に信者たちが大量に引っ越してきて巻き起こしたトラブルの数々・・・今思い出しても腹が立って
しかたがありません。
2018年07月08日(Sun) 03:20
オウム事件に思う
編集
暫く振りです。
私も驚きました。7人も一気に処刑されたのですから。
私も地下鉄サリン事件ははっきり覚えています。
「縮瞳が見られる」と聴いた時、「松本の時と同じだ!サリンだ!」と咄嗟に思いました。
本当にこの文章にもある通り、被害に遭った人達はほんの数時間前まで幸せに暮らしていた人達ばかりでした。
それをあのヒゲ面のエゴのせいでぶち壊されたのですから。
でも麻原達を処刑したからといって、それで事件は終わりません。
「何故オウムが現れたのか」とか、「何故こんな事件が起きたのか」という事の真相に迫らない限り、今後似た様な事件は起こるでしょう。
2018年07月08日(Sun) 10:54
オギャンさん
編集
>オギャンさん

こんにちは。
コメントありがとうございます。

>教祖なら「全てが私の責任です。信者たちは私の指示に従ってしまっただけなんです」ぐらいの事は言ってほしかった。

それを言えば、何だかんだ言ってもさすが、慕われるだけのことはあったんだなと思えたかもしれません。

>でも、実際には裁判では部下に責任をなすりつけて、自分の罪を少しでも軽くしようとばかりしていたようです。収監後も狂人のふりをして刑の執行を逃れようとしていたとか。

裁判や収監されている様子を聞くと、ほんとに腹が立ちましたね。
これで時間稼ぎか、と。
人の命や人生はあれだけ軽く扱っておいて、自分の命だけは後生大事に…。

>とことん見下げ果てたやつです。

こんな奴に…と思うと、本当に救われない思いがします。

>人が人の死をもって罰するという事については、軽はずみに賛同も反対も出来ないのですが、この男に関二sては、ようやく地獄に落ちやがったか、ざまあみやがれ!!!という思いが強いですね。

ヘリで東京上空からサリンを撒こうなんてことも考えていたとか。
何なんだろう…。

>あの日千代田線に乗って、何故か霞が関は通過してしまい、出勤して会社でTVを見せられてあの惨状を知った時の恐怖、足立区に信者たちが大量に引っ越してきて巻き起こしたトラブルの数々・・・今思い出しても腹が立って
しかたがありません。

無事で良かったですね。
あの頃、行っていたラーメン屋さんの人があの日はあの電車に乗るはずが遅刻したと言っていました。
普通に乗っていて被害に遭われた方に対して、ほんとにちゃんと詫びてほしい。

しかし、自分の手は下していないということでいまだに宗教活動している元オウム幹部。
他の人生ってないのかもしれませんけどね。
見るたび、不愉快です。

コメントありがとうございました。
2018年07月08日(Sun) 12:17
レッドマンさん
編集
>レッドマンさん

こんにちは。
コメントありがとうございます。

>私も驚きました。7人も一気に処刑されたのですから。

春ごろに拘置所に移された、執行は近いのではないかと言われてましたけど、7人ですからね。
平成も終わりだから、ちゃんと決着をつけておきたかったのでしょうか。

>私も地下鉄サリン事件ははっきり覚えています。

リアルタイムで見た人には、忘れられませんよね。

>「縮瞳が見られる」と聴いた時、「松本の時と同じだ!サリンだ!」と咄嗟に思いました。

あれもひどい事件でしたからね。
最初は異臭騒ぎ、何かのガスか薬物が漏れたのではないかと言われてたと思います。
それが複数の箇所で、しかもあの症状。
これは何かの意図を持って撒いた、と思いました。
同時に、狂った信念がなければこんなことはやらないと。

>本当にこの文章にもある通り、被害に遭った人達はほんの数時間前まで幸せに暮らしていた人達ばかりでした。

普通の日常、普通の生活。
それを何で、あの男によって壊されなくてはならなかったのか。

>それをあのヒゲ面のエゴのせいでぶち壊されたのですから。

最後まで、反省が見られませんでした。
非常に腹立たしい。

>でも麻原達を処刑したからといって、それで事件は終わりません。

後遺症が残ってしまった人の日常は、これからも続くわけですしね。

>「何故オウムが現れたのか」とか、「何故こんな事件が起きたのか」という事の真相に迫らない限り、今後似た様な事件は起こるでしょう。

お坊さんが「なぜ、若者が、優秀と言われた人たちがあんな宗教に走ったのか。そこのところを私たち、坊さんが良く考えなければ」と言っていたのを思い出しました。
この事件は実は人の心の闇を、すごく見る事件でもあるんですね。
忘れてはいけない事件だと思います。
忘れた時、起こる類いの事件だと。

コメントありがとうございました。
2018年07月08日(Sun) 12:25












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