こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。

西暦2000年に本物の二十歳になるんだから 「夏の夜の獏」

昔、子供が大人の恰好をしてギャングの世界を描いた「ダウンタウン物語」という映画がありました。
その中で、まだ子供のジュディ・フォスターの貫禄とセクシーさが、話題を呼びました。
大人の世界で過ごす時間が多い子役は、大人に移行する過程でかなり苦労するらしいです。
ジュディはその頭の良さもあって、大人から子供に移行するのに成功しました。

子供でいることを期待されながら、大人の中で過ごす。
大人の分別を期待される。
同世代の中で過ごす時間より長いと、子供の世界でどうしたらいいかわからない。
難しいんだろうな。

さて、この主人公は8歳の走次くん。
走次くんから見た世界を実写化するとしたら、「ダウンタウン物語」みたいになるのでしょうか。
早熟な子供から見た世界は、どんな感じなんだろう。

ほとんどの人が、年齢にふさわしくない精神年齢であると走次くんは思う。
精神年齢がそのまま、姿になれば世の中のほとんどは子供。
彼だけは大人。

彼からすれば、精神年齢と実年齢のバランスが取れているのは小箱さんだけ。
でもそれは、彼が小箱さんを好きだからなんでしょうね。
その小箱さんが帰れば、彼はおじいちゃんと2人だけで留守番。
だけどおじいちゃんはもう、彼とまともな会話にはならない。

おじいちゃんが眠ってしまえば、彼は静かな家に一人。
夕方の一人は寂しい。
それが子供なら、なおさら。

タイトル通り「夏の夜の獏」だからまだ、秋冬より日暮れは遅い。
それでもやっぱり、日暮れ時は寂しい。
この静けさが、僕を大人にしたのだと彼は分析する。

猫が老成する、悟りを開くのは早いと描写される。
それは猫が一人上手だからなんでしょう。
実際、猫は人の何倍もの速さで人生を駆けていく。

大人からすれば、彼は鼻持ちならない子供。
子供からすれば、彼は癇に障る奴。
彼は居場所がない。

その居場所のなさは、実は彼の家庭から来ていたということがわかってくる。
大人なんじゃない。
彼は大人の事情の中で、必死なんです。
子供なりに、懸命に適応しようとしているだけでした。

それが走次が失恋した瞬間に、破れる。
子供と思い込んでいたお兄ちゃんが、年相応の姿に戻る。
将来性がある愚か者と言われていたお兄ちゃんは大人。
彼はまだ、ただの小学生だった。

大人に庇護されながらでないと、生きていけない子供。
家族が揃っていてほしい子供。
でもその家族はもう、バラバラ。

父と母は離婚寸前。
その現実が、つらかった。
懸命に走次は、二十歳の分別で離婚阻止作戦をとっていた。

でもそんなものは、何もならなかった。
もう、最初から決まっていたことだった。
大人はそう、決めていた。

「山羊の羊の駱駝の」の雪子みたいに、走次も泣かなかった。
雪子も、走次も子供らしくいられなかった子供。
それが最後、泣くことで、感情を解放させる。

おじいちゃんがまだ元気だった頃、お母さんとお兄ちゃんと4人でハイキングに行った記憶。
この時から、お父さんは外れていたのだろうか。
でも走次は、お父さんにおみやげを持って行った。

この記憶と、最後のいつのまにか向かっていた、元の家の描写はきつい。
とても切ない。
ハイキングの時のように、一緒にいた頃の家族が蘇って来る。

子供が成長して、独立すれば、だいたいは夫婦2人になる。
そして、どちらかがいなくなれば、1人になる。
人間の人生の終わりもまた、野生動物と同じ。
切ないものです。

でもこの子にはまだ、そんなことはわからない。
わからなくていい。
ただ、家族は一緒にいるものだ。

この子はただ、自分を守っていただけだった。
大人にならなきゃいけなかっただけだった。
最後に家から走って行きながら、走次は泣く。

いいんだ。
12年後の西暦2000年に、僕は本物の二十歳になるんだから。
途端に、走次は子供に戻る。
この描写の見事さ。

僕は大通りを消防車のサイレンのように泣きながら、歩きながら、近未来の夢を見ていた。
大島弓子の感性は、素晴らしい。
今、走次くんは37歳?
彼が夢に見ていた近未来は、今、どうなのでしょうか。


大島弓子さんがこの作品について、次のように語っていました。
これは魔法で、主人公は周りに子供になる魔法をかけていた。
そしてちょっと、バカにしていた。

でも最後、兄と主人公が好きだった女性が愛をはぐくんで、その愛が魔法を溶かしてしまった。
そう考えると、ちょっと違った作品になりませんか、と。
やっぱり、大島弓子作品は深い。


僕は泣きながら、歩きながら、近未来の夢を見ていた 「夏の夜の獏」

大島弓子さんの「夏の夜の獏」。


人は誕生日から自動的に年を取る実年齢と、その人の精神が指し示す精神年齢とがある。
僕は8歳だが、この間精神年齢のみ以上発達を遂げて成人してしまった。
僕から見れば80歳の老人でも精神力がなければ、1歳の幼児になる。
この話は僕の目から見た精神年齢の世界である。

憂えるなかれ。
僕の周りはほとんどが子供なのである。
僕はまるでガリバーのようだ。

「夏の夜の獏。
主人公、羽山走次くんは8歳の子供。
しかし精神年齢は成人。

彼は子供のクラスの中、1人大人がいる状態なのでした。
「羽山君、お掃除終わったら先生のところに来るように」。
そう言った女教師までが、子供の姿。

教師は「羽山君、先生はね、作文を書いていらっしゃいって言ったの」と言った。
「何かの本を写してきたのはダメよ」。
「そういうの、盗作って言うのよ」。
「ああ、盗作ってわかんないか、あのね」。

走次は言った。
「盗作ではありません。換骨奪胎でもありません」。
「お疑いになるんでしたら世界中の書物を調べてくだされば、わかります」。

教師は思った。
あの、くそなまいきな 許しがたい。
…という具合に、教師からは嫌われている。

教室に戻れば、トイレのモップが机の上に放置されている。
「…しょうのない子供たちだ」。
あきれた走次はそれを、トイレに戻しに行く。

これを子供たちは鋭く、本能で嫌う。
彼らは僕の態度が、すごく勘にさわっている。
しょうがないだろう、君たちとは年齢が違うんだから。

追いかけて来る子供たち。
逃げよう、いじめには付き合いたくない。
僕の家族はサラリーマンの父と、サラリーマンの母と。
先月家出した19歳の兄貴と、母方のぼけて寝たきりのおじいちゃんと。

おじいちゃんのケアのため、毎日家に来る青井小箱さんで成り立っている。
僕が家に帰ると、いつも小箱さんが迎えてくれる。
「おかえりなさい」。

「よお」。
小学生姿の兄がいる。
「お兄ちゃん?!帰ってたの!」
「表にオートバイがなかったけど」。

「売っちまったい。当面の生活費の足しによ」。
売った?!
あんなに好きだったのに。

走次は兄を抱きしめる。
「そりゃどんなにつらかったろう」。
「やめろよ、何すんだよ」。
お兄ちゃんは愛情に慣れてない。

小箱さんに、おじいちゃんがしがみついた。
そのしがみつき方に、異変を感じたお兄ちゃんはおじいちゃんを突き飛ばした。
「おじいちゃんはあたしにしがみついただけよ」。

「ああ、そうかい。それじゃあ、せっせと励んでじいさんの後妻にでもなったらどうだい」。
お兄ちゃんはそう言った。
小箱さんは、お兄ちゃんをひっぱたいた。

これはどう見たって、加害者であるお兄ちゃんの方が痛みが大きい。
お兄ちゃんは小箱さんをかばったのに。
「もう行くの?」
「帰るんだよ」。

お兄ちゃんが、帰り支度している。
玄関で、靴を履いている。
お兄ちゃんの後姿は、いつも寂しい。
いつも誰かをかばって傷つくんだ。

大げさが好きなおじいちゃんは、寝たふりしているとほんとに寝てしまう。
小箱さんは実年齢も精神年齢も同時にすこやかに発育した二十歳で、僕は学校から帰ってこうして小箱さんと過ごす時間が一番好きだ。
夜は夜学生となるので、7時には帰ってしまう。

「お父さんかお母さんがおかえりになるまでは、戸締りはしっかりしておくのよ。じゃあ、またね」。
そう言って、小箱さんは帰って行く。
今日は金曜日だから、小箱さんは来週の月曜日まで来ない。

しーん、とした家の中。
『この静けさが僕を大人にしたのだ』。
おじいちゃんが起きて来て、冷蔵庫を開ける。

冷蔵庫の光が、美しい…と言う。
さっき、小箱さんにご飯、食べさせてもらったのに。
「腹が減っては戦ができぬ」。
「何の戦があるの」。

僕はおじいちゃんの妄想を聞くのが、好きだ。
おじいちゃんはこの家を海にしたり、戦場にしたり、見たこともない人を招いたり、花畑にする。
たいていはつじつまの合わないものなんだけど、時々このようにまともになることがある。
「それはお前、日本のことわざじゃ。腹すいては何にもできぬ、ということじゃ」。

ピンポーン。
あ、帰って来た。
お父さんかな、お母さんかな。

お父さんだ、おかえりー。
スーツ姿に子供の父親が、立っている。
お父さんは夕食は外で食べて、少しお酒を飲んで帰って来る。
それからお風呂に入って、またお酒を飲んで寝てしまう。

「お父さん、今日お兄ちゃんが帰って来た」。
お父さんは、今の言葉を無視した。
お父さんは、お兄ちゃんに深く傷ついているのだった。

それはお兄ちゃんは「ブタは豚小屋行ってブーブー言え」と言ったからだ。
「親に向かって、豚とはなんだ!」
「勘当だ」。
「あ、出てってやる」。

…と言って、お兄ちゃんは家出したのである。
「ただいま」。
やはりスーツ姿に、子供の姿の母親。

お母さんも、お兄ちゃんには傷ついたのだ。
家出を止めるとお兄ちゃんは、「あんたも同じ穴のむじなだろう」と言ったのだ。
「むじな。同じ穴のむじな、軽蔑している夫と同じ」。

しかし僕は思う。
相手をなじる時、動物を出すのは人間の恥だと。
走次は豚もむじなも好きだよと言ったが、父親も母親も傷ついただけだった。

お母さんは教師に、走次くんに作文を書き直させてくださいと言われたらしい。
だから目の前で、作文を書けと言う。
「えー」。

「忙しいんだから手こずらせないでよ。みんなに合わせることも大切よ」。
「あたしが明日学校へ届けるって、約束しちゃったんだから」。
お母さんは僕の言い分を聞こうとしないが、これは変だ。

お母さんは教師を信用したなら、なぜ僕を叱らないのだろう。
教師を信用しないとしたらなぜその通り、させようとするのだろう。
「あんたが書くまでお母さん、ご飯も食べない」。
「何を描こうか考えてたんだ」。

「そお。じゃあお母さんご飯食べる。お腹すいてたのよ」。
なんなんだ。
なんなんだ。
なんなんだ。

バタン。
お父さんがお風呂から出る音。
バタン。
お父さんが部屋に入る音。

お父さんとお母さんは、言葉を交わさない。
走次は、作文を書いた。
輪廻転生についてだった。

みんなから嫌われているゴキブリやハエや蚊は死んだら、オゾン層に生まれ変わると思う。
フロンガスに弱い彼ら。
僕らは、彼らを二度殺してしまう。
だけどゴキブリはどんどん増えて、どんどん死んで、そして地球を守っている。

教師は作文を返しながら、皆さんの中に本を写す人がいますがそれは止めましょうと言った。
クラスの子たちは、羽山のことだと言い始めた。
空気が、まずくなってくる。

走次の靴が隠されていた。
上履きで外に出ると、土が詰まった靴があった。
近寄ったら、上から水をかけられた。

帰ると小箱さんが「どうしたの」と聞く。
水かけ遊びと、三段跳びを一度にやったので、と走次は答える。
小箱さんは、いじめを想定しない。

そういうところすごく好きだ。
すごく助かる。
すごく楽だ。

おにいちゃんがまた来ていた。
走次がシャワーを浴びて出て来ると、小箱さんが乾かしながら走次の作文を読んでしまったと言った。
小箱さんも毛嫌いした?
盗作だと思った?

だが小箱さんは言った。
「走次くん、素敵じゃない!」
「大きくなったら何になるの。文章家になってよ」。
「そしてもっともっと楽しみをあたしたちに分けてくれない?!」

「え」。
走次は真っ赤になった。
「そうします」。

「おいっ」と、おじいちゃんが怒った。
「はい」と、走次が笑顔で返事した。
「お前じゃないわい!」

小箱さんにおじいちゃんは「お前だっつうの、聞こえんのか」と言った。
おじいちゃんは小箱さんが、自分以外の人を誉めると怒ってしまう。
「はいはい」と小箱さんが返事する。

「背中が痒い」。
おじいちゃんは小箱さんを独占しておきたいのだ。

素敵じゃない!
大きくなったら何になるの。
文章家になってよ。
そしてもっともっと楽しみをあたしたちに分けてくれない?

僕は一晩中、この言葉の再生をやっていた。
明け方には意味が擦り切れてしまったが、幸福感だけはたっぷりと後に残った。
おじいちゃんがこんなにボケていない頃、僕はお母さんとお兄ちゃんとおじいちゃんと4人でハイキングに行ったことがある。

7月の木漏れ日の中で、僕らはお弁当を食べた。
日曜日だったのに、お父さんは来なかった。
僕は林の中でセミの抜け殻を見つけて、お父さんのおみやげにした。

「ありがとう」。
走次からセミの抜け殻を受け取ったお父さんが、そう言った。
お父さんがありがとうという言葉を使ったのは、後にも先にもその時だけだと思う。

土曜日の朝、お父さんは突然、走次にデパートの昆虫展に行こうと言った。
「土日はいつもゴルフじゃないの」。
「今日は昆虫展、明日はゴルフ。行くのか行かないのか」。
「行くっ!」

精神年齢の成人でも、昆虫は大好きだ。
走次がカブトムシを見ていると、お父さんが呼んだ。
すると、ロングヘアのニコニコした女性、いや、子供がいた。

「お父さんの会社のOLの平野さん。偶然出会ったんだ。お茶でも一緒に飲まないか」。
「走次くんのこと、時々伺ってます。心の優しい良い子なんですってね」。
「あたし、子供だーいすき」。

「僕はビール。君もビールで良いか。走次はパフェで良いか」。
お父さんが僕なんて一人称使ったの、初めて聞いた
「あなたのお父さん、お家ではワンマンなんですって。でもね、本当はすっごいあまえんぼさん。すっごくかわいいの」。
知ってます、可愛いかどうかは別ですが。

走次は帰り道、父親に聞いた。
「お父さん、あの人のことお母さんに話していいの?」
にやり。
「言論は自由だろ」。

お父さんは意地悪く笑った。
お父さんはパチンコに寄って行くと言って、走次は一人で帰った。
土日は小箱さんが休み。

お母さんにお父さんは駅前のパチンコ屋に行ったよと言った。
するとお母さんは「どうせそのパチンコを素通りしてまた電車に乗ったでしょうよ」と答えた。
どういう駆け引きを、この人たちはしてるんだ。

お父さんは夜中に帰ってきて、翌日はゴルフに行った。
ゴルフ場を素通りするのかもしれないが。
今度はお母さんがお昼を食べたら、恐竜展に行こうと言った。

「行くっ行くっ行くっ」。
僕は恐竜を愛してる。
おじいちゃんは小箱さんがいないが、大丈夫だろうと言うことになった。

でも考えてみれば、お母さんは恐竜の卵にロマンは感じる人ではなかった。
「走次」と母親が呼ぶ。
「偶然そこで出会ったの。お母さんの会社の上司の五味さん」。

そこにはおじいさんみたいな人が、立っていた。
「こんにちは、走次くん」。
偶然って、二度目になると野暮だよね。

その人は家で、ブロントザウルスを作っていると言った。
走次はビックリしたが、それは模型の話だった。
3階までの、吹き抜けのリビングに置くつもりなんだと言う。
「ブロンディは形として完璧だ。猫のように美しい」。

お母さんはウットリしながら、話を聞いていた。
わかった。
これは離婚の前兆だ。

お父さんとお母さんは、そのきっかけを作ろうとしている。
そしてそのきっかけをもとに、大ゲンカして別れるつもりだ。
別れた後、それぞれの相手が家に来いと僕を招待しているのだ。

そうだ。
どちらにも招待されなかった人が、2人いる。
お兄ちゃんとおじいちゃんだ。

僕は一生、口をつぐむ。
パフェ女のことも恐竜男のことも。
僕が黙っていれば、最悪の夫婦の決裂の事態は免れるかもしれない。

しかし帰宅すると、おじいちゃんがいなかった。
走次とお母さんは、おじいちゃんを探し回った。
ふとんが冷たいので、ずいぶん前にいなくなったのだ。

坂から転げ落ちたら。
車道に出たら車にひかれる。
おじいちゃんは、公園の池のそばで泣いていた。

お母さんを呼んでくると、おじいちゃんはそこで眠ってしまっていた。
おじいちゃんを家に連れて帰ると、お父さんが帰って来た。
「病人をほっといて出かけるからだろ」。

お父さんはそれだけ言った。
それを言われると一言もないけど、お父さんだってゴルフに行っただろう。
そんなこと言ってるまに、ちょっと手を貸してよ、おじいちゃん重いんだから。

お父さんは、手を貸そうとしなかった。
お母さんは、一言も口をきかなかった。
おじいちゃんが起きた。

「妾のところに行く」。
お母さんは、目を丸くした。
中学の教師をしていたおじいちゃんは、まじめな人だった。
妾なんか、いるわけがない。

「すまん、わしにはいるのじゃ。小箱じゃ」。
「小箱は、かわいい」とおじいちゃんは言った。
おじいちゃんの妄想話は好きだけど、それだけは嫌だっ!

お母さんは良くやってくれてるから、何かあると思ったと言い始めた。
お父さんは小箱と言う名前が芸子のようだから、昔売れっ子だった芸子がいるんだろうと言った。
おじいちゃんは願望と、妄想が一緒になっているんだと。

本当か嘘か聞くと言うお母さんに、お父さんは、今更相続を分散させたいのかと反対した。
じいさんが何を言っても証拠がないんだと。
でも母親は心情的に嫌だ、辞めさせたいと言い始めた。

「僕は嫌だよ」。
「おじいちゃんの夢物語で小箱さんをやめさせたりしたら、僕は家出する!」
「家出して自殺する!」
「彼女がいなくなったら僕は自殺する」。

「嘘でないよ!」
お父さんもお母さんも、ビックリしていた。
わかったとお父さんは言った。

翌日、小箱さんは熱を出して休んだ。
走次は、お見舞いに行った。
一本だけ買えたので、バラの花を持って行った。

学校は記念日で休みと言った。
ずる休みだが、そのことは内緒にした。
「ありがとう」。

そう言って小箱さんは、涙をこぼした。
走次は驚いて、うろたえた。
小箱さんのために走次はタオルを冷やしたり水枕を作ったり、した。

午後2時ごろ、ドタドタという足音が響いた。
どこの人だろう、もう少し静かに階段を上がってくればいいのにと思った。
お兄ちゃんだった。
「走太郎さん」と、小箱さんは言った。

お兄ちゃんは手ぶらだった。
バラを持ってきた走次は、ちょっと優越感に浸った。
「なんだ、お前いたのか」。

お兄ちゃんは走次がずる休みをしたことを、小箱さんの前で言わなかった。
お兄ちゃんは案外、未来性のある愚か者かもしれない。
走次が目を覚ますと、小箱さんのベッドで小箱さんの隣にいた。
お兄ちゃんが置いて来たのだ。

「この色男、目が覚めたら家に帰れ。俺はバイトに行く」。
お兄ちゃんのメモには、そう書いてあった。
走次は真っ赤になったが、小箱さんの寝顔を見てうれしくなった。

スキップして家に帰ったら、母親が「どこ行ってたの!」と怒鳴った。
走次は将来、このことを書こうと思った。
これで芥川賞を取ろう。
そして、「小箱さんに捧ぐ」としようと思った。

小箱さんはまた、家に来るようになった。
走次は学校で階段から落とされたりしたが、小箱さんが待っていると思うと平気だった。
「たっだいまー!」
しかし帰ると、小箱さんが慌てていた。

おじいちゃんの呼吸が少なくなって、医者が来ていた。
お父さんにもお母さんにもお兄ちゃんにも、連絡が行った。
すると、おじいちゃんが目を覚ました。

「今、金色の大きな輪の中にいた」と、おじいちゃんは言う。
「そら、いつか、お前の作文のオゾン層とか言う、あれのことじゃよ」。
「そこのみんながわしに来いと言うので、わしも悪い気がしなくて、ちょっと家のものに、いとまごいをしてくると言って、降りて来たんだ」。
「それじゃ皆のもの、長い間ありがとう。さようなら」。

おじいちゃんはそう言うと、目を閉じた。
もう、目を開けなかった。
ご臨終ですと、医者は言った。

ええーっ!
おじいちゃんはもう何もしゃべらないし、もう何もほしがらない。
「羽山家」という、お葬式の案内が貼られている。

うちのポスターはできちゃうし。
着飾ったお坊さんは来るし。
人は次々に集まるし。

「掛け軸があるはずよ」。
「ロレックスの時計ね」。
「古伊万里のツボはお前にやると言ってたんだ、昔から」。
ここではオークションを開いているし。

お寿司は来るし。
花はどんどん増えるしさ。
小箱さんも、弔問にやってきた。
休んだ時のように、小箱さんは青い顔をしていた。

突然、口元を抑え、トイレに駆け込んだ。
親戚の一人が「大丈夫?つわりじゃないの」と言った。
「はい。二ヶ月です」。
「この子は、ここの家族です」。

「え?」
「やっぱりおじいちゃんが」。
「だから早く辞めさせておけば良かったのよ」と、お母さんは思った。

しかし小箱さんは走次に「走次くんはこの子のおじさんになるのよ」と言った。
え?
走太郎…、のかっ?!

すくっと立ち上がったお兄ちゃんは、大人の姿だった。
小箱さんの横に立つと言った。
「俺たち、結婚します」。

走次は思い出していた。
お兄ちゃんが遊びで、走次をオートバイに乗せた時のことを。
「しっかりつかまってろよ、手を放したら死ぬぞ!」

走次は途中でやめてと叫んだが、お兄ちゃんには聞こえなかった。
声がうまく出なくて、自転車のブレーキのような声を出した。
今、あの時のような気持ちです。

お兄ちゃんはあの時、手ぶらだった。
僕は花を買う余裕があった。
だけどお兄ちゃんにはなかった。
その点で、僕は負けていたんだ。

おじいちゃんは煙になって、空に行った。
おじいちゃんは、地球を守るオゾン層になったわけだ。
お父さんとお母さんの離婚は、おじいちゃんがなくなったら決行すると内定していたらしい。

じゃあ、僕の口つぐみ離婚阻止作戦は一体何だったんだ。
何にもならない。
お父さんはさらに玩具を。
お母さんはさらに保護者を手に入れるだけだ。

同級生が「これ食って見な」とゴミを持ってきた。
ああ、それはね、食べ物ではない。
生ごみと言うんだよ。

「ほれ、食ったら通してやる」。
わかりました。
いただきましょう。
走次はそれを手に取ると、同級生にぶつけた。

ケンカになった
小箱さんがいない今、死んだってかまわねーや。
ちくしょう。

走次を見た小箱さんは「まあ、ケンカしたの」と小箱さんは言った。
それで勝ったって言いに来たんだけど、精神年齢二十歳の取る行動じゃないような気がする。
「走次くん、お父さんのマンションとお母さんの三階建ての家と、どちらに行くの」と小箱さんは聞いた。
「両方だよ」。

「パフェも好きだし、恐竜も好きだし、家が2つになっちゃってさ」と走次は笑った。
「3個よ」。
「マンションと3階建てと、このアパート。いつでも帰ってきて良いんだからね」。

小箱さんの言葉に走次は、「うん、ここ、別荘にする」と笑った。
それから間もなく、僕は引っ越した。
まずは恐竜の家に泊まっている。

今までの家はすぐに買い取られて、新しい入居者も決まっているそうだ。
学校は同じ小学校だが、いじめがなくなった。
それどころかこの頃、遊びに誘われる。
しかしその遊びが戦争ごっこやプロレスじゃ、以前のように逃げ回っていた方がずっと楽だったような気がする。

ラブレターも、もらった。
走次は、ストレスでクタクタ。
「ただいまあ、おなかすいたあ」と言った。
そして、気が付いた。

前の家に帰ってきていた。
あ、ここはもう、僕んちじゃないんだ。
走次は家を見上げた。

「おかえりなさい」と、小箱さんが言っていた。
「ただいま」と、お母さんが言っていた。
「ゆうげじゃ」と、おじいちゃんが言っていた。

「ただいま」と、お父さんが言っていた。
「おー」と、お兄ちゃんが笑っていた。
走次は走り出した。
かつての自分の家が遠くなる。

家はいつまでも、こちらを見ていた。
いつまでもいつまでも、こちらを見ていた。
涙が出てきた。

どんどん、どんどん、出てきた。
泣くんじゃない。
泣いたら子供だぞ。
声を出して泣くのは子供だけだぞ。

しかし、走次はしゃがみこんだ。
両手で顔を覆った。
その姿は、8歳の子供だった。
走次は大きな声で泣き始めた。

いいんだ
僕は現実には8歳の子供であるからいいんだ
迷子のように泣いてもいいんだ

通りを泣きながら歩く走次を、通行人が振り返る。
会社員も、子供連れも見ている。
12年後の西暦2000年に、僕は本物の二十歳になるんだから。
僕は大通りを消防車のサイレンのように泣きながら、歩きながら、近未来の夢を見ていた。


夢を見せます3分間

「大都会 闘いの日々」というドラマに、歌手のちあきなおみさんの名前が入ったタイトルの回があります。
曲は「喝采」。
この曲、ものすごいドラマ性があるんです。

3分間の曲の中に、この女性に何があったか。
過去、この女性がどうして来たのか。
こちらにものすごいドラマを感じさせる曲です。

以前、萩原健一さんが沢田研二さんのことを「歌手として本当にすばらしい」と自伝の中で言っていました。
自分のように何か言うことはなく、与えられた曲を期待通り、いや、期待以上に歌い上げる。
その歌の世界を存分に表現し、聞き手に感じさせる。
だから沢田研二は、上の人にとてもかわいがられたと言っていました。

確かに、そうでした。
3分の間、その歌が見せたいと思った世界。
それを表現して余りあるのが、歌手・沢田研二という存在でした。

いやいや、ベストテン常連だった頃のジュリーのパフォーマンスのすごいこと。
「サムライ」なんて今見ると、芸術作品みたい。
今だと大問題になる衣装なんでしょうが、それに加えて肌にピッタリ貼りつくような模様を描いた衣装が重なる。
まるでタトゥー。

クライマックスには、腰にあるドスを抜く。
それがライトを浴びて、絶妙な光を放つ。
床にはたくさん敷き詰められた畳。
愛する女性が眠っている間に、死出の旅に出る美貌の男。

絶望的な状況での殴り込み。
畳に壮絶に散る血の跡が見えるよう。
そして演奏が「井上堯之バンド」ってもう、嘘みたい。
夢を見せます、3分間。

今、西城秀樹さんの訃報を聞いて、改めて曲を聴くと沢田さんもすごいけど、西城さんもそうなのだとわかりました。
西城さんだけではなくて、野口五郎さんも、郷ひろみさんもそうです。
いや、山口百恵さんや、あの当時、自分が聴いていた歌謡曲のほとんどがそうだったと知りました。

これができるには歌唱力はもちろん、理解力、想像力というものがとても必要なのですね。
勉強の他に使う、頭の良さというものがものすごく必要。
これがないと表現ができない。
人を共感させられない。

3分間、人に夢を見せる才能。
それを持った人に夢を見せられた人は、その人を忘れない。
だから自分が成長していく過程に聴いた歌手は、その人には永遠なのでしょう。



君も元気出せよ!

西城秀樹さんの告別式のニュースを見ました。
野口五郎さんと郷ひろみさんの出席、弔辞。
10代20代で親しくても、年齢が進み、お互いの環境が変わり、人生にいろいろなことがあると、人間関係も変わり、疎遠になるのは当たり前と言えば当たり前。
ましてや浮沈みも激しく、人間関係にいろんな思惑や利害が生まれるであろう芸能界。

でも西城秀樹さんと野口五郎さんには、それがなかったと感じました。
還暦パーティーでの抱擁の後、五郎さんがちょっと泣きそうなんですよね。
感極まってとは思いましたが、弔辞を聞いて、また違う思いがあったことを知りました。
一緒にやって来た友の、明らかな衰えは、ショックだったでしょう。

それは同年代の自分にも重なることです。
でもそれを抱き締めるまで感じさせなかった西城さんの精神力にも、涙が出たでしょう。
やり遂げるプロとしての根性にも。
泣き出したかったと思います。

しかし、ここは西城さんの還暦のお祝い。
自分の感情で、涙で濡らすわけにいかない。
五郎さんに、そんな思いがあったと感じました。

報道を見ていると、西城秀樹さんにはほんと人徳があったと思います。
リハビリ中の様子で、この人はほんとに強くて優しい人だとは思いましたが、想像以上です。
大杉漣さんといい、亡くなった時にやっぱりそういうのってわかるものですね。
昭和のスター・西城秀樹といったらすごかったでしょうに。

五郎さんに寄り添ってた郷さんにも、感じるものがありました。
郷さんは、自分は24時間郷ひろみと言った人です。
でも、郷さんが郷ひろみではなくなる時、もう郷ひろみを辞める時、誰よりその気持ちを理解してくれるのが、西城秀樹さんと野口五郎さんだと思います。

新御三家が活躍した時代って、アイドルも俳優も、年齢とともに大人になることを求められた時代だったと思うんです。
子供のまま、未熟なまま、10代や20代の時とあまり変わらずということはほとんど許されない。
誰が見ても大人であり、その魅力を身につけなければ残れない。

五郎さんの西城さんと抜け出して、夜の街に出た話を聞いた時。
スターの不安や恐怖、戦い、つらさ。
何より孤独を共有できたのは、新御三家と言われた3人だったのだとわかりました。
野口五郎さん、郷ひろみさんにはお元気でいてほしい。

西城秀樹さんのご冥福をお祈りします。
長い間、本当にありがとうございました。
憂鬱など吹き飛ばして、君も元気出せよ!って思いを込めて歌ってくれていた西城さん。
安らかに。

天真爛漫 朝丘雪路さん

女優の朝丘雪路さんが、お亡くなりになりました。
最近お見かけしなくなり、認知症…という噂も耳に入っていました。

トーク番組でお話しする朝丘さんは、」天真爛漫な方でした。
津川さんのお母様はお嫁さんである朝丘さんに、ちょっとした意地悪もしたことがあったようです。
ところが朝丘さんはそれに気が付かず、後で人に言われてああ、あれはそういうことだったのかと思ったとか。

お父様に溺愛されていた朝丘さんは、芸能界入りしてからは映画会社の社長さんの家で暮らしていたそうですね。
家に一緒に暮らしていたのは朝丘さんと、小山明子さんだけだったとおっしゃっていました。
買い物の時にお財布を持たなかったので、切符が買えないとか、スケールの大きなお話もされていました。
そういうことが嫌味にならない、かわいらしさを持った女優さんでした。

時代劇でもたくさん、出演作があります。
それこそ「仕置人」では鉄にも主水にも「あなたの子よ!」と迫るちょっと困った女性・お波を演じました。
22話、「楽あれば苦あり親はなし」
お波がそんなことをする理由は、怖ろしい盗賊の頭の旦那・藤造から子供を守るためだった。

この藤造、生まれた子供に「俺がいろいろ教えてやるからな、人のばらし方とか」と言う。
とんでもないあやし方をするような男。
それが時間が経つと、「どうも俺の子じゃねえ」と言い出す。
言い出しては子供もろとも、妻を殺してしまう。

伊藤雄之助さんの恐怖の名演。
夜中にお波が目を覚まして、ふっと横を見ると子供をじっと見る藤造がいる。
ぎゃあああ…、と叫びそうな恐怖です。

お波の最後の涙を浮かべながらの笑顔がとても美しく、哀しかった。
彼女の必死に伸ばした手に鉄が「何だ?!何がしてほしいんだ!」と叫ぶ。
「仇をとって。お願い」。
「あの子は本当はあなたの子なんです」。

ほんとは鉄の子だと言われた時の鉄の表情。
「わかったよ、俺の子だからな!」
この後の鉄たちの仕置、敵討ちが一層鮮やかに映ります。
「てめえにな、こんなことを三度までもやらせるわけにいかねえんだ」。

墓参りをする仕置人たち。
「もう一度、あんたの子だって追っかけられてみたいぜ」と主水が言う。
おきんが「死ねば会えるよ」と慰めの言葉を言う。

すると鉄が言う。
「いや、ダメだな。俺たちが行くのは地獄だからよ」。
お波や子供は天国。
自分たちは地獄。

主水も言う。
「待っているのは藤造みたいな奴ばっかり、か」。
他にも朝丘さんの名演はたくさんありますが、これもまた朝丘さんの魅力が発揮されたお話。
朝丘さんのご冥福をお祈りします。


スターらしいスター

♪リンゴとハチミツ、とろ~りとけてる♪
カレーのルーにリンゴとハチミツが入っているのを知ったのは、このCMでした。
続いて「秀樹、感激ぃ!」
インパクトすごかったですねー。

西城秀樹さんがお亡くなりになりました。
まだお若いのに!
お子さんがまだ成人してらっしゃらないのでは。
残念です。

リハビリしている姿を見せていましたからね。
それで、応援している人や勇気をもらった人も多いでしょう。
だからショック受けている人も多いと思います。

「ちびまる子ちゃん」でまるちゃんのお姉ちゃんが、秀樹の大ファン。
郷ひろみさん、野口五郎さんとともに新・御三家と呼ばれ、一時代を築いてきた人です。
生涯アイドルで、と答えていて、それを揶揄するのは簡単ですけど、できる人はそうそういない。

歌唱力もありました。
ヒット曲は印象的なものが多い。
歌唱力もあり、美形だし、スタイルは良いし、ワイルド。
男の子のファンも多かったと思います。

ヒット曲で言えば、「YMCA」はもう、別格。
「ローラ」、彼女は外国人?
恋愛の歌に「ブーメラン」!
「ブーツを脱いで朝食」?なんて突っ込みも楽しかった。

夏場に「明日、プール行くから『ギャランドゥ』にならないようにしなくっちゃ」なんて言う人もいました。
秀樹、ワイルドだったから…。
そんな風に、秀樹のヒット曲って生活になじんでいたんですよ。

「ブルースカイブルー」も、いい曲ですね。
「ちびまる子ちゃん」で「走れ正直者」を歌ってくれた時は、感激しました。
秀樹、健在!だと思いましたよ。

知り合いの実家の近くに一時、西城さんのお住まいがあったんです。
ご近所さんによると、気さくな良い方だったそうです。
ゴミ出しなんかも来ていて、気さくにお話してたとか。

還暦も迎えてね、これからまた、違ったステージで…。
ずっとついているファンの方もいて。
アイドルもずっとアイドルでいる時代に来て、まさに西城さんはまたその開拓者で。

子供の頃から当たり前のように見ていた方が亡くなるのは、本当に悲しい。
寂しいものです。
西城秀樹さん、スターらしいスターでした。
ご冥福をお祈りします。


私は犬だって大好き

猫と暮らし、猫がいなければ耐えられない私ですが、犬も大好きです。
小さい頃は家に犬も猫もいました。
先週、GW最終日の夜に、警察犬が出て来るサスペンスドラマを放送していました。

この警察犬がシェパードじゃなくて、モフモフした大型のワンちゃん。
今は警察犬もいろんな犬種がいるんですね。
小さいワンちゃんもいる。

犬が関わるサスペンスって、良い話が多くて今でも覚えているドラマがいくつかあります。
「太陽にほえろ」では勝野洋さんが演じるテキサス刑事と、強盗犯が操るシェパードの交流話がありました。
あの時、ドーベルマン犬を強盗に使う映画が流行ったんですが、それにヒントを得た話だと思います。

シェパードを使って現金強奪に成功するものの、1頭だけ事故で帰れなくなる。
その犬を介抱するのが、テキサス刑事。
犬の名前が、ナポレオンでした。
ナポレオンと絆ができたと思われたテキサス刑事ですが、土壇場で犯人はナポレオンにテキサスを襲うように命令。

恐怖で支配されていたナポレオンは、思わずテキサスを襲ってしまいます。
囚われたテキサスに、すまなそうに寄り添うナポレオン。
良いんだよと慰めるテキサス。

最後のクライマックスは、もう、おわかりですね!
ナポレオンを恐怖で支配していた犯人は、ナポレオンに逆襲される。
テキサス刑事はナポレオンにサポートされ、見事、解放されて犯人を逮捕する。

このナポレオンは後に警察犬として活躍し、テキサス刑事と再会。
さらにテキサス殉職後、このナポレオンはテキサスの敵討ちもしてくれます。
それが犬の耳で記憶している電話番号が、事件解決につながるんです。

ボスが電話のダイヤルを回すと、ナポレオンが鳴く。
その番号が決まっているところから、ボスが気づいて電話番号を割り出すというもの。
荒唐無稽な話に思えますが、犬好きの子供や大人は感動して見ていました。
「凍える牙」など、犬とサスペンスドラマは相性が良いです。

覚えている方はいないかもしれませんが、「仕事人」のお加代ちゃんこと、鮎川いずみさんが出た火曜サスペンス劇場。
これもシェパードが出るサスペンスでした。
鮎川さんは敵側。
愛人の女性と夫が共謀して、資産家の妻を殺害しようと計画します。

それをことごとく阻止するのが、妻の愛犬。
しかし愛犬が雷の音に怯えたところにヒントを得た夫は、音を利用し、最後には犬を毒殺しようとします。
これに至って妻の我慢も限界。
妻の目に殺意が宿ります。

その妻と目が合った愛犬の目が、光ります。
地下のワイン蔵で、気持ち良く酔っぱらった夫。
珍しく愛犬が夫に尻尾を振ります。

それを見た夫は「そうだよなあ。お前はただの犬だ。それが俺たちに敵対するなんて考えすぎだったな」と笑う。
階段を上った夫に、犬が上から飛びかかる。
足を踏み外して、転落していく夫。
見つめる犬。

夫の死因は、事故死ということになった。
海辺で犬を連れた妻は、愛人と向かい合う。
「あなたに負けたんじゃないわ」と愛人が言う。

「その、犬に…、負けたのよ」。
愛人の言葉を無視した妻は、傍らの犬に声をかける。
「さあ、帰りましょう」。

マドンナたちのララバイが流れる…。
タイトルも忘れてしまいましたが、これも良いドラマでした。
犬とサスペンスドラマは、相性が良いです。